揺らぐサムスン共和国:低迷期を脱した電装事業・ハーマン

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 半導体、スマートフォン、家電などの主力事業が業績悪化で苦しむ中、最近、電装事業・ハーマン2016年11月買収の業績は、李在鎔(イ・ジェヨン)会長肝いりの電装事業であるだけに、ハーマンの収益性はつねに注目を集めてきた。

 電装事業は、サムスン電子のこれまで培った半導体技術とのシナジー効果が大いに期待されたが、2020年までの業績はシナジー効果が発揮されず、しかも買収前のハーマンの売上高・営業利益と比較して低調に推移するなど、80億ドルの買収額に見合う成果を出していなかった。

 2021年以降、その批判をはねのけつつある。
 ハーマンの今年上半期の売上高は6兆6,700億ウォン(昨年同期比18.1%増)、営業利益3,800億ウォン(同90%増)、売上高営業利益率は5.7%であった。これは車両用電装設備と消費者用オーディオ事業が貢献したものである(図表1)。

図表1 ハーマンの売上高と営業利益の推移(単位:億ウォン) 資料:連結財務諸表基準暫定実績(2023年7月27日)より作成

 好調の背景には、顧客層の広がりが挙げられる。BMW、ベンツ、アウディ、フォルクスワーゲンに続き、今年初めには、フェラーリにデジタルコックピットを供給する契約を締結している。さらに2023年7月、ハーマンはトヨタ自動車と2024年型電気自動車アクアなどにオーディオシステム関連で協業を進めると明らかにした。

 ハーマンが世界1位のシェアを誇るデジタルコックピットというのは、インフォテーンメント(情報+娯楽)システムなどを通じて、安全な運転環境を提供するデジタル電装部品を総称するものである。自動車の各種操作を液晶ディスプレイで表示する画面は、カーナビの地図情報、車外カメラの映像の表示など、インターフェース機能を持つ。

 ハーマンの業績は最悪期を脱したとみられるものの、主力事業であるデジタルコックピットのシェアが年々落ちていることに、やや不安がつきまとう。2023年上半期は21.2%と、昨年同期の24.8%より3.6ポイントも落としている。

 サムスン電子は、ハーマンを買収した時から、車両用メモリー半導体の領域で電装事業を拡大する戦略であった。ハーマンの電装事業が安定してきたことから、サムスン電子の半導体部門との協調が期待されている車両用半導体において、シナジー効果が本格化する動きである。

 今後、電気自動車と自律走行車の時代がくるとみて、車両用メモリー半導体需要の増大に期待を寄せている。サムスン電子の半導体(DS)部門が不振を続けているだけに、電装事業との協業に期待を寄せている。

 もう一つの柱としてハーマンが視野に入れている電装事業は、コネクテッドカーである(図表2)。コネクテッドカーは自動車にICT端末の機能を持たせることで、新たな価値を生み出すと期待されている。

図表2 世界コネクテッドカー市場規模の見通し 資料:市場調査会社スタティスタ(2023年7月)

 コネクテッドカーについて総務省の説明資料によると、具体的には、事故時に自動的に緊急通報を行うシステムや走行実績に応じて保険料が変動する保険、盗難時に車両の位置を追跡するシステム等が搭載された自動車であり、現在、実用化されつつある製品である。

 コネクテッドカーには、カーナビや位置情報のGPS機能を搭載した機器に通信システムを利用して、インターネットに接続することで得られるサービスがあり、今後の車両には不可欠な機能といわれている。 

 グローバル市場調査会社スタティスタ(本社:ドイツ・ハンブルグ)によれば、全世界のコネクテッドカー市場規模は、2023年884億ドルから5年後の2028年には1,918億ドルと5年間に2倍以上拡大すると予測している。

 ハーマンの残るもう一つの重要な事業であるオーディオ事業においては、差別化された製品とブランド競争力をベースに、オン·オフラインによる売り上げを推進し、拡大する計画である。

 このようにハーマンの電装事業においては、デジタルコックピット、コネクテッドカー、カーオディオを中心に受注拡大を目指している。電装事業が成長分野として足元が固まりつつあることから、サムスン電子は、協力体制を本格化する動きである。

 サムスン電子は、現在世界第1位メモリー半導体の技術力を、ハーマンと共同で車両用半導体部門に集中することにより、デジタルコックピットと自動車用無線通信などを組み合わせた未来型モビリティーと消費者向けカーオディオを中心に収益基盤を固めていく戦略である。