揺らぐサムスン共和国:第二の半導体を期待されるサムスンバイオロジクス
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
韓国のバイオ企業は仁川松島(インチョンソンド)国際都市に集積している。ここは韓国政府が経済自由地域に指定しており、韓国二大バイオ企業であるサムスンバイオロジクスとセルトリオンなどが立地している。
サムスンバイオロジクス(2011年4月設立)は、2022年に初めて売り上げが3兆ウォンを突破した。世界の売上高上位20社の製薬会社のうち13社を顧客とするなど、グローバル展開を推進している。総生産能力は現在60万4,000リットルに達し、バイオ医薬品委託生産開発(CDMO)企業として世界トップに躍り出た。
バイオCDMOは、バイオ医薬品委託生産(CMO)に委託開発(CDO)の役割が加わった概念である。顧客の依頼により委託生産していた段階から、臨床から新薬開発までを守備範囲としている。
バイオCDMO事業を確立するまでには、工場建設資金の確保、人材育成など時間がかかる。特に商業用プラント建設に大規模な投資資金が必要であり、顧客となるグローバル製薬会社との間で、プラント設計・建設など事業化のための調整・準備に最低でも3年以上かかる。
サムスンバイオロジクスは、松島に第1工場を建設したのを皮切りに、第2バイオキャンパスには今年4月に第5工場(18万リットル)を着工し、2032年までに松島に第8生産工場までを完成させる計画である。第5工場の投資額は1兆9,800億ウォン、第8工場までの総投資規模は10兆ウォンを越す。
グローバル市場調査会社であるフロスト&サリバン(Frost & Sullivan)によれば、2022年グローバルバイオCDMO市場は、前年比14.1%成長した202億8,000万ドルで、2028年までに年平均15.3%で増加傾向を見せ、2028年には477億ドルに達すると予測している。
成長が見込まれるCDMO市場では、世界のほぼ50%を占める米国市場を獲得できるかどうかが、カギとなっている。
サムスンバイオロジクスは2020年10月、米国西部にサンフランシスコ研究開発(R&D)センターと東部ボストンに営業事務所を開設したのに続き、今年3月には米国東部ニュージャージーに営業事務所を開くなど、米国の顧客開拓にとどまらず、欧州などの顧客にも迅速なサービスが提供できるよう体制を整えている。
サムスンバイオロジクスのグローバル製薬会社からの受注は順調である。今年7月末現在の累積受注額は、2022年の年間受注額13億7,200万ドルをすでに超え、17億9,800万ドル(2兆4,446億ウォン)に達した。
主な委託生産契約先は、今年2月グラクソ・スミスクライン(GSK)との2,700万ドル契約を皮切りに、ファイザー(1億8,300万ドル)、イーライリリー(1億7,700万ドル)、ロシュ(1,100万ドル)、ノバルティス(8億9,714万ドル)などである。
受注好調を反映して、サムスンバイオロジクスの業績は明るい。2023年上半期も昨年に続き順調に推移しており、売上高営業利益率は28.0%と高率を維持している(図表1)。これには2012年2月に設立したバイオエピスを2022年4月に100%子会社化したことも貢献している。

図表1 サムスンバイオロジクスの実績推移 資料:連結財務諸表基準暫定実績(2023年7月26日)より作成
新薬開発には莫大な費用がかかるとともに、それを遂行する研究体制の整備も欠かせない。サムスンバイオロジクスは2022年7月、次世代バイオ医薬品技術研究所を設立し、昨年末現在、R&Dスタッフを608人までに増やしている。
サムスンバイオロジクスがバイオCDMOと同時に注力しているのは、抗体薬物接合体(ADC)と呼ばれる領域である。ADCは抗体に薬物を結合させたバイオ医薬品であり、ピンポイントで細胞や組織の標的に届けられるため、副作用が小さいと言われている。ADCで特に注目されているのは、がん細胞だけを標的とし、他の細胞へのダメージを極力抑える次世代抗がん薬である。
グローバルADC市場は、2030年には220億ドルに達すると見られ、バイオ各社の競争が激化している領域である(図表2)。ADC市場を先行獲得するためにサムスンバイオロジクスは、ADC専用の新規生産設備を早く整え、2024年からの生産を目標としている。

図表2 世界の抗体薬物接合体(ADC)市場の見通し 資料:イーデイリー(2023年7月11日)
サムスンバイオロジクスのバイオ研究所もADCの完成品開発を加速しており、今年4月、サムスンライフサイエンスファンド(1,500億ウォン規模)を通じて、ADC開発会社であるスイスのアラリスバイオテック(Araris Biotech AG)に投資している。
このように、サムスンバイオロジクスは高収益をバネに、バイオ医薬品の委託生産及び新薬開発から抗体薬物接合体に至るまで事業領域を拡大している。サムスングループとして第2の半導体として期待しているバイオ分野は、人材確保に難題を抱えているものの、今後10年間に7兆5,000億ウォンの追加投資を発表しており、次世代の成長の柱として注目されている。