揺らぐサムスン共和国:脱中国に動く、サムスンSDIのバッテリー事業(4)

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2022年8月に米国のインフレーション削減法(IRA)が成立・施行された。この政策はクリーンエネルギー費用を削減し、製造機能などの国内回帰と技術革新の促進を狙ったもので、電気自動車(以下EV)の開発や生産に補助金が与えられることから、EV需要の拡大が見込まれ、韓国バッテリー3社はもとより、正極材や陰極材などのバッテリー素材を製造する企業も北米進出を加速している。

 欧州連合(EU)も2023年4月、欧州版IRAと呼ばれるEVバッテリーの重要鉱物の供給網強化を図るための重要原材料法(CRMA)を発表した。同法素案によると、EUは重要原材料の10%以上を域内で生産し、40%を域内加工処理することを目標としている。素案をみる限り、重要原材料の調達先の多角化と廃バッテリーの再利用戦略を構築することに主眼が置かれている。

 さらに欧州自動車工業会(ACEA)が欧州委員会に要請した2023年3月のネットゼロ産業法(NZIA)の素案には、2030年までにEUが年間消費する戦略原材料の域内抽出・加工・再利用の割合をそれぞれ10%·40%·15%にするという目標が明示され、また特定戦略原材料に対する単一第3国からの輸入依存度を65%以下とする規定も含まれた。

 EUも、クリーンテクノロジーを推進しながら競争力を拡大するために、2030年までに少なくとも40%を域内で製造する目標を設定したことになる。ちなみにEUが掲げる戦略原材料には、リチウム、コバルト、マンガン、ゲルマニウム、シリコンなど16種の希少金属が含まれる。いずれにせよ欧米ともに、経済安全保障の重視とクリーンエネルギーへの転換の動きを加速している。

 米国政府はこの4月、EVに補助金が認められる車種を米国産に限定し日韓独のEVを排除した。だが米国産EVのほとんどに日韓のバッテリーが搭載される見込みであることから、IRA補助金政策が日韓バッテリー業界にとってはプラスの影響と評価されている。

 韓国バッテリー3社の業績を韓国金融監督院電子公示システムでみると、LG、サムスンSDI、SKオンを合計した2022年の売上高は53兆3,404億ウォン、営業利益は2兆305億ウォンであった。3社の合計値は、前年と比べて売上高が54.8%増、営業利益が76%増、売上高営業利益率が3.8%と好調を持続している(図表1)

図表1 バッテリー3社の売上高、営業利益の実績(2022年)            資料 : 金融監督院電子公示システム

 3社の中でも注目されるのは、成長著しいサムスンSDIである。サムスンSDIの売上高は、2019年に10兆ウォンを突破したのを皮切りに、わずか3年後には倍増し20兆ウォンをクリアした。特に昨年の営業利益が1兆8,080億ウォンと3社の中で群を抜いており、その結果、売上高営業利益率も、SK オンは赤字であったが、LGの4.7%を凌ぐ9.0%と高い(図表2)

 IRAが本格化すれば、北米市場から中国企業が排除される訳であるから、韓国バッテリー3社にとって市場を拡大する絶好の機会とみられていた。

図表2 サムスンSDIの業績推移。注:今年1-3月は証券業界見通し。資料:事業報告書(2023年3月13日)及び現地報道より作成。

 ところが今年2月、世界トップの中国・CATL(寧徳時代新能源科技)が、完成車世界第2位のフォードとの合作で、米国ミシガン州にリチウムリン酸鉄(LFP)バッテリー工場(投資規模35億ドル)の建設計画を発表した。フォードとCATLはIRAの規制回避のために、フォードが100%出資、CATLが技術ロイヤリティと運営で利益を確保する仕組みを構築した。フォードの投資計画であれば、中国資本であることの制約を逃れ、IRAの補助金を受けられる可能性もある。

  フォードが先陣を切ってIRAによる規制の抜け道を開拓したことから、他の中国企業も完成車メーカーと共同して北米市場に乱入する可能性が出てきたわけで、サムスンSDIも完成車メーカーとの連携を加速している。 

 2023年3月、サムスンSDIは、GMとミシガン州に合作工場設立のための業務協約(MOU)を結んだ。蓄電池の年間製造能力は最大50ギガワット(Gwh)、投資規模は両社合わせて3~5兆ウォンに達する。この規模は電気自動車に換算すると、年間約60万台に装着されることになる。

 サムスンSDIはまた、2022年5月、ステランティス(イタリア自動車メーカーFCAとフランス自動車グループのPSA2社の合併企業)とインディアナ州に23GWhのJVを設立(投資規模は約4兆ウォン)しており、完成車メーカーとの合従連合はこれで2つ目となる。 

 サムスンSDIは、研究開発体制においてもグローバル化を進めている。昨年7月ドイツ・ミュンヘン、8月米国・ボストン、今年4月中国・上海にR&Dセンターを設立し、人材確保と先端技術の開発に向けて先行投資を行なっている。

 このように北米バッテリー市場を巡り、激しい争奪戦が展開されており、そのために各社ともにバッテリー工場の北米現地化を早めている。だが注意しなければならないのは、IRAもNZIAも欧米の政治状況や世論により大きく変わることだ。韓国バッテリー業界は、完成車メーカーと北米進出の加速、サプライチェーンの確立、原材料の調達先の多様化などの難題を即断即決しなければならない。