揺らぐサムスン共和国:脱中国に動くサムスンSDIのバッテリー事業(3)
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
2022年8月にバイデン米大統領により署名され、成立した「インフレ削減法案(IRA)」により、バッテリーの素材と部品の制約条件を満たした電気自動車(以下EV)を新車で購入した場合、7,500ドルの補助金が付与される。そのうち半分の3,750ドルは、北米または米国と自由貿易協定(FTA)を結んだ国で鉱物が採掘されていることを条件とするとともに、核心素材の40%以上(2029年までに100%)が使用されたバッテリーを条件としたケースのみに適用される。
狙いはEV用バッテリー市場の獲得であり、完成車メーカーの工場に近くにバッテリー工場を設立するだけでなく、中国を排除した効率的なサプライチェーンの構築に向けて、熾烈な争いが日韓中で展開されている。
米国のIRAだけではなく、欧州にも動きがある。欧州委員会は2020年9月末、「欧州バッテリー同盟(EBA)」を発展させ、重要な原材料の戦略的な確保を目指す官民協働モデル「欧州原材料アライアンス(ERMA)」を発足させている。
同アイアンスは、まだ草案段階にあるが、欧州域内において核心原材料の調達割合を高める条項(具体的には、鉱物の採掘・加工能力の向上)と廃バッテリーの再利用義務化に関する条項などが含まれるとみられている。EUが特に重視する原材料はリチウムとコバルトである。
米国政府によるIRAとEUによるERMAが、脱中国を鮮明に打ち出したこととは反対に、韓国バッテリー3社はここ数年、素材などの対中依存度を引き上げており、その衝撃は大きい。
韓国バッテリー3社のリチウム、コバルト、マンガン、グラファイトの対中依存度は、それぞれ64.0%、72.8%、100%、94.0%とかなり高い(図表)。バッテリーに使われるレアメタルの中でも、リチウムはバッテリー生産原価の40%以上を占めるだけに重要である。
中国産のレアメタルから多角化し、同時に中国で精錬・加工されたレアメタルへの依存度を引き下げるには、投資規模などを勘案すると韓国1か国での対応は難しく、国際的な連携が必要となっている。

韓国における中国への輸入依存度 資料 : 韓国貿易協会及び日本フェロアロイ協会資料より作成。
その動きのひとつとして、世界経済フォーラムで提唱され2017年に設立されたグローバルバッテリーアライアンス(GBA)がある。GBAは、2030年までに倫理的でサステナブルなバッテリーバリューチェーンの構築を目指している。
これはバッテリー原材料の採掘から生産・利用・廃棄・再利用まですべての情報をリアルタイムで確認することができる開放型電子システムである。この事業にはテスラ、フォルクスワーゲン、BMW、ボルボ、ステランティスのような完成車業者とLG、サムスンSDIなどバッテリー企業も開発に参加している。
現在、韓国3社は原材料価格が高いニッケルとコバルトの使用量を減らすリチウム・リン酸・鉄(LFP)バッテリーなどの技術開発を進めるとともに、資源輸入先の多角化に奔走している。
輸入先の脱中国の動きとしては、韓国トップのLGエネルギーソリューションは、米国企業と炭酸リチウム長期供給契約を締結した。その他、オーストラリアから天然黒鉛、カナダから硫酸コバルトと水酸化リチウムなどを調達する業務契約を結んだ。
SKオンもインドネシアにレアメタルの精錬工場を新設し、2024年第3四半期からニッケル及びコバルト水酸化混合物(MHP)を生産する方針である。SKオンは供給網の多角化の一環として、チリとオーストラリアからリチウムの供給契約を締結した。
サムスンSDIは、先の2社より動きがやや鈍く、IRAの具体的内容が出ると言われている今年3月まで、状況を見守る方針である。サムスンSDIの目下の動きは、韓国内の事業場で発生したスクラップを回収して、硫酸ニッケル、硫酸コバルトのような原材料を抽出する再利用工程を2025年までに確立することとしており、廃バッテリーの再生利用に主眼を置いている。
欧米各国が中国への過度な依存度を問題視するのは、地政学上のリスクだけでない。例えば中国のリチウム原産地は、青海省と新疆ウイグル自治区やチベット自治区に偏在しており、これら地域では、強制労働と人権弾圧などの人権問題が浮上している。これは欧米の価値観と相いれず、批判の的となっている。
韓国バッテリーメーカーは、中長期的に原材料の中国依存度を引き下げなければならず、しかも中国の精錬工場を経た製品もIRAの規制対象となることから、この局面の打開に向けて、各社ともレアメタル調達先の多角化と再生利用の仕組みを、急ぎ構築する必要に追い込まれている。