【最近の講演会より】多様な人材が多様に活躍する企業へ”三代目板金屋ストーリー”
社員全員で共有「唯一無二の板金屋を目指します」
「三代目板金屋」の自社プロダクトブランドも相乗効果
富山県シートメタル工業会(会長:磯田智之向陽缶機代表取締役)の令和5年度新年賀詞交歓会が2月22日に開かれ、静岡市の板金加工部品メーカー㈱山崎製作所の山崎かおり社長(写真)が講演した。リーマンショックで事業存続さえ危ぶまれた状況下で父の会社を事業承継し、手探りで経営再建してきた経験と、業界のイメージ刷新に向け自社ブランドの「ステンレス製かんざし」など職人技を活かしたメタル雑貨にも参入、果敢に挑戦する新事業や現在取組んでいる3つの地域連携事業について話した。
シートメタル工業会は、板金加工機械メーカーのアマダグループが板金(シートメタル)加工に携わる企業の人材育成、相互交流など活動支援を図るため地域ごとに設けている工業会。
当社は今年で創業53年になる、溶接・板金を生業とする従業員27名の小さな会社だ。量産はせず小ロット多品種で医療機器や食品関連、自動車、制御盤など試作品を含め多様な製品を手掛けている。
リーマンショック直後の2009年、従業員は16名いたが売り上げは以前の半分以下の1億円程に落ち込み、毎月赤字続きの最悪な状態だった。それまでパート程度に会社の経理を手伝っていたが、経営を勉強したこともなかった私が父から会社を引き継いだのは、そうした状態の会社を存続するのは私しかいないという使命感だけからだった。
自ら営業に出ても技術を知らずに顧客の言い値で仕事を受けてきて大赤字になる始末で、「世界一の板金屋になる」という経営理念を作ってみたが、社員に笑われて引っ込めた。自社のことを何も理解していなかったのだ。当時は受注が少ないのになぜか社員は皆忙しく動き回り、納期に間に合わないこともあった。理由が分からず、アマダに工程分析を依頼してようやく原因が明らかになり、同社の機械を積極的に導入して改善を図った。
板金職人の社会的地位向上と、社員の誇り取り戻すには
これまで口を閉ざしていた社員たちに面談やアンケートで本音を聞くと「うちは言われた図面通りに製品を流すだけだからお客さんの奴隷だよ」、「自分が勤めている会社が板金屋だとは、恥ずかしくて言えない」等の回答が返ってきて愕然とした。
社員の誇りを取り戻し、板金職人の社会的地位を向上させるために何をすべきか考えた。社員全員参加型の「円の組織づくり」やIoT化、5S活動、技術の継承、「夢のある仕事を作る」、「景気に左右される企業からの脱却」に取り組むことを決めた。当初は社長とも呼んでもらえず未熟だったが、ある人から、進みながら強くなれば良いと言われた時に「私は私だ」と悟り、本腰を入れた。
「円の組織づくり」では、自分たちで経営理念を決めた。職人たちは研修や宿題が苦手だったが、受け入れてもらえるやり方を考え、5年、10年後にこうなりたいというイメージを写真や絵など目に見える形で出してもらって文章化していった。でき上った理念の中で一番好きなのは「唯一無二の板金屋を目指します」という言葉だ。皆の心から出た言葉だから皆で共有でき、何かあればこの理念に立ち返ることができる。
自社プロダクトブランド「三代目板金屋」の効果
「夢のある仕事を作る」、「景気に左右される企業からの脱却を目指す」ために、2015年に自社プロダクトブランド「三代目板金屋」を立ち上げた。私は2代目だが、「三代目」は「次世代」を表し、若い世代に知ってもらって技術をつなぎ、誇りを取り戻そうという思いを込めた。現在の「三代目板金屋」の中心商品は、小売店への卸と自社オンラインショップの両方で販売しているヘアアクセサリーの「KANZASHI(かんざし)」、オブジェのようなインテリア製品でオンラインのみで販売している「ORIGAMI」などだが、顧客は男性が半数で、誕生日や成人式、婚約、結婚などの記念として女性に贈るという。
一般の人に板金屋とは何かを知ってもらうため工場に多角的な視点を入れようと考え、プロジェクトは女性社員がチームを組んで立ち上げた。板金製品を身に付けて肌にあてるとか、家のリビングに置くといった発想は、部品加工をしている現場の男性からはなかなか出ない。BtoBだけだった私たちが顧客のことを考えたBtoCの製品を作るのは並大抵ではなかったが、技術とデザインを融合させながら熟練職人の技術を外に発信し、顧客の声をフィードバックすることで誇りとモチベーションが戻った。SNSでの発信により若年層の目にもふれて、20代の人たちを採用できるようになり、完全下請けから脱出できたことが何より嬉しい。
これまで各種の展示会に出展する中で得た地域の農家や海産物加工業者など多くの生産者とのつながりをいかして、静岡県の特産品ECサイトを開始した。他にも、女性の事業承継を支援する女性経営者団体「A・NE・GO」や医療機器の共同受注体「SPメディカルクラスター」、自社商品を製造・販売するものづくり企業が集まった「スタイリッシュシズオカ」など静岡県内の異業種との連携に積極的に参画している。
多様な人材、多様に活躍する「唯一無二の会社」に
こうした取り組みによってBtoBのみの頃に比べて仕事の内容も取引先も大きく変わり、試作案件の設計から携わる仕事が増え営業利益率も大幅に改善できた。
だが残念なことに現状でも一般的に製造業はきつい、汚い、危険の3Kのイメージが強く、低学歴で採用基準が低いと思われている。実際は、単純労働ではなく頭脳を使って新しいものをゼロから生み出している。当社では溶接職人や機械オペレーター、デザイナーなど色んなスキルを持った社員がおり、資格取得も目指せる。
昨年、新工場棟・新事務所棟を竣工した。世間と板金加工の現場とのイメージのギャップを埋めたくて、「どこでもドアプロジェクト」と名付けオープンファクトリーを開始した。プロジェクト名には、心のドアを開くことでものづくりの世界がどこまでも広がるという意味がある。工場を公開し、体験してもらうことで一般の人がものづくりの価値を知り、現場は新しい気付きを得て、地域とのより良いコミュニティが形成できる。仕事への姿勢や思いを表現することで顧客と価値観を共有し、価格だけではなく付加価値で選ばれる企業になって、ファンを増やしていきたい。
若い無口な職人が工場の案内や質問の受け答えで、自分の仕事をちゃんと一般の人が分かる言葉で説明している様子を見ていると、成長したなと実感する。当社は多様な人材が多様な活躍をしていることが唯一無二の会社だと思っている。
(文責・編集部)