揺らぐサムスン共和国:脱中国に動くサムスンSDIのバッテリー事業(2)

 国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 電気自動車(以下EV)の現状は、中国においてEVへのシフトが先行しており、大きな市場を形成している。その市場規模は、2021年の中国のEV販売台数は333万台に達し、米国の67万台の約5倍、EU全体の174万台と比較してもほぼ2倍に近い。2022年の中国のEV販売台数は550万台に達したといわれている。

 こうしたEV販売台数に比例して中国のバッテリー企業の勢いが増している。世界1位のバッテリー企業であるCATL(寧徳時代新能源科技)をはじめとする中国企業は世界最大のバッテリー市場を形成している。2022年の実績をみるとCATLトップ1社だけで世界の37.0%のシェアを占めた(図表1)。

図表1 世界の電気自動車用バッテリーの使用量
注:LGはLGエネルギーソリューション 資料:市場調査会社SNEリサーチ(2023年2月8日)

 米国市場で主導権を握れるかどうかのカギは、基本的にはバッテリーの価格、安全性、充電時間と走行距離などであるが、いずれにしても、米国市場はIRA(インフレ削減法)を先行してクリアした企業が優位に立つとみられる。

 韓国のバッテリー3社の動向をみると、トップのLGは、韓国内では忠清北道・清州市のバッテリー生産ラインの新増設に4兆ウォンの大規模投資を展開しており、海外では、米国・テネシー州とオハイオ州にそれぞれ35ギガワット時(GWh)工場を23億ドルを投じて建設中である。またカナダ・オンタリオ州において、14.8億ドルを投じてステランティス(2021年1月に設立された多国籍自動車会社)と合作事業を進めている(図表2)。

図表2 韓国バッテリー3社の北米投資計画
注:LGはLGエネルギーソリューションの略 資料:現地報道(2023年2月13日)に加筆修正

 韓国第2位のSKオンは現在、米国・ジョージア州に第2工場を建設中、ハンガリーに第3工場、中国・江蘇省に第4工場の建設準備を進めている。しかし昨年3月に米国・フォードと計画していたバッテリー工場建設は今年1月に撤回された。

 この交渉撤回の背景には、中国バッテリー企業CATLとフォードの水面下での交渉の進展があったと思われる。2023年2月、フォードと中国バッテリー企業CATLは、IRAの規制を骨抜きにするかも知れない新手を放った。

 フォードとCATLは、資本の100%をフォード、技術指導と運営をCATLとするバッテリー工場をミシガン州に35億ドルで設立することに合意した。IRAの補助金を受け取ると同時に、CATLのバッテリーを搭載したフォードEV(40万台)が疾走することになる。

 このやり方がたとえIRAの規制の対象となり、両社は補助金を受け取れなくなったとしても、EV工場やバッテリー工場の誘致に積極的な州政府が、雇用創出を条件に損出分の何割かを補填することもあり得よう。

 そして韓国でシェア第3位のサムスンSDIは、韓国内ではBMWやステラなどを顧客としており、忠清南道・天安工場に次世代バッテリーラインを構築している。海外では、マレーシアに1兆7,000億ウォンを投資して2つのバッテリー工場を稼働させ、ハンガリーではBMWとの協力して1兆ウォンを投資、2工場を建設中だ。稼働すれば生産能力が40GWhに増強され、さらに追加投資をすれば生産量60GWhまで拡大できる。対米投資では2022年10月、ステランティスと合弁法人を設立し、米国・インディアナ州に25億ドル、23GWh規模の工場建設も進めている。

 最近注目されているのは、EV投資先としてのメキシコである。完成車メーカーが北米EV市場を攻略するために、米国のIRAなど各種規制を逃れ、人件費の安いメキシコにEV投資を集中する動きを見せている。バッテリーメーカーも追随する動きである。
 メキシコのメリットは、人件費だけでなく、米国、カナダとともに北米自由貿易協定(NAFTA:1994年1月発効)を締結しており、2020年7月発効した新北米自由貿易協定(USMCA)も結んでおり、一大経済圏を形成していることが挙げられる。

 IRAの本格施行が2025年頃と見込まれていることと、それに合わせて自動車メーカーのEV工場建設とバッテリーメーカーの北米投資が時期的に重なっている。最近BMWグループは、メキシコに8億ユーロを投資してEV工場の建設を計画し、GMもメキシコに10億ドル、テスラ、フォルクスワーゲングループ、ステランティス、フォードなどもメキシコでのEV工場新設計画を明らかにしている。

 米国南部、南西部のサンベルトでも、フォルクスワーゲングループ、BMWグループ、トヨタ、ホンダ、現代自動車グループなどが、EVを生産する意向を示している。
 メキシコと米国南部にEV投資が集中するとなると、韓国バッテリー3社も、両地域の物流ネットワークを活用する戦略が重要となり、フロストベルトからサンベルトへの投資に見直すこともあり得よう。

 米中、欧中の対立は、地政学的な安全保障上のリスクだけでなく、中国の環境汚染と人権問題など根深いものがあり、すぐに解決の糸口を見出すことは難しい情勢だ。このため韓国バッテリー業界も、脱中国に向けて早急に対応していかなければならない状況に追い込まれている。