揺らぐサムスン共和国:電装会社ハーマンの業績低調に悩むサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 サムスン電子の今年第3四半期までの累積売上げは230兆990億ウォン、営業利益39兆200億ウォン(10月7日暫定実績)を記録したが、第3四半期を対前年同期比でみると、売上高が76兆ウォンで2.7%増となったものの、営業利益は10.8兆ウォンでマイナス31.7%と振るわなかった。

 それでもこの業績を支えたのは好調な半導体部門であり、スマートフォンの需要鈍化、生活家電部門とディスプレイ部門の不振を相殺した結果である。サーバー用などの半導体需要に陰りが見える現在、サムスン電子の業績見通しには、不確実性が増している。

 こうした中で李在鎔(イ・ジェヨン)副会長肝いりの電装事業ハーマンの業績が注目される。
 サムスン電子は2016年にハーマンを買収する前から、電装事業に本格参入する姿勢を見せていた。2015年にデバイス・エクスペリエンス(DX:昨年12月に現在の名称に変更)部門に電装事業チームを立ち上げ、約2年後に電装会社ハーマンを80億ドルで買収した。

 電装事業は、これまで培った家電技術と半導体技術とのシナジー効果が大いに期待されたが、これまでの業績は買収前の売上高・収益性と比較して低調であり、買収額に見合う成果を出していない。

 2021年に売上高営業利益率が6.0%に上昇したものの、これは子会社の統廃合など経費節減の効果によるものであった。今年上半期には再び3.6%に低下している(図表1)。

図表1 ハーマンの売上高と営業利益の推移(単位:億ウォン)
資料 : 半期報告書(2022年8月16日)より作成

 電装事業はサムスングループにとって重要な領域である。ハーマンのほか、サムスンディスプレイの車両用OLEDディスプレイ、サムスンSDSのネットワークサービス、サムスンSDIのバッテリー、サムスン電機のカメラモジュール・積層セラミックコンデンサなど、グループの電装事業は、今後の発展方向において軌を一にしている。

 問題は、サムスン電子とのシナジー効果が期待されていたハーマンの主力製品であるデジタルコックピットの市場占有率が、2020年の27.5%から昨年は25.3%、今年上半期には24.8%に下落していることである。

 デジタルコックピットは、カーナビやカーオーディオでの差別化が困難になっている現在、エレクトロニクスメーカーが車全体をデジタル化する方向の核心であるとしてしのぎを削っている技術である。

 一方、明るい材料としては今年に入りハーマンは、BMWに続きトヨタ自動車と5G(第5世代移動通信システム)通信テレマティックス装備の供給契約を締結したことである。これはサムスン電子が得意とする5G技術とハーマンの電装事業のシナジー効果がようやく実を結んだことを意味する。

 テレマティックス装備というのは、カーナビやGPS機能を搭載した機器に、通信システムを利用してインターネットに接続することで得られるサービスであり、今後の車両には不可欠な機能といわれている。

 トヨタ自動車からの受注が決まったとしても、細部にわたるやり取りから生産工程を準備するまでに、数か月からケースによっては1年以上の時間がかかり、加えて自動車部品は人命にかかわることから、25年の品質保証が求められる典型的な多品種少量生産のビジネスである。

 昨年1月、サムスン電子は3年以内にハーマンに次ぐような大型M&Aを実施すると発表した。今年6月末基準でサムスン電子が保有する純現金が125兆2,651億ウォンに達しており、ハーマン買収後の2017年6月末の53兆8,400億ウォンと比較して2.3倍に達している。しかしハーマン買収後の5年間、大規模なM&Aは見当たらない(図表2)。

図表2 サムスン電子による過去4年間の主なM&A
資料 : ヘラルド経済(2022年8月17日)

 尹政府が8月15日の光復節に仮釈放中の李在鎔サムスン電子副会長と辛東彬(シン・ドンビン:日本名 重光昭夫)ロッテグループ会長などに特別赦免を与えたことにより、5年間の就業制限が解かれ、自由な経済活動が認められることになった。両名ともに経営への参画が可能となり、大規模M&Aの実行に道が開けた。

 M&Aへの条件は整ったものの、電装事業を本格化していくには、まずこの事業の収益性を高め、次にハーマンの投資回収にある程度目途が付いてからでなければ、この分野での大規模なM&Aに踏み切ることはできないであろう。