【新刊】「YKKのグローバル経営戦略『善の巡環』とは何か」 高橋浩夫著
日本を代表するグローバル企業YKK(本社東京、事業所黒部市、社長大谷裕明氏)の独自の経営の仕組みについて国際経営学の視点から分析。近年注目されているステークホルダー資本主義と同社の経営理念である「善の巡環」との関連、企業が世界展開を通して成長していくために必要なことを明らかにしていく。
YKKは富山県魚津市に生まれた𠮷田忠雄氏が1934年、25歳の時に3人で東京に設立したサンエス商会で始めたファスナー修理業を祖業とする。徹底した品質管理により、自社で素材や製造装置に至るすべてを一貫生産するユニークな企業に育てた。
1959年にニュージーランドに第1号現地法人を設立後、1980年代までに北米2か所、欧州17か所、アジア8か国・地域、アフリカ・中近東3か国、中南米7か所、オセアニア2か所の35か国・地域に進出。日本企業としては異例の早さであった。
1959年に建材事業にも参入し、YKK APとして別会社化して、今ではファスニングの事業を上まわる収益を上げる企業となって米国やアジアに17の海外関係会社を置いている。ファスナー部門と建材部門を合わせたグループ全体で現在、世界72地域、106拠点を展開し、従業員は約4万4,000人、売上高7,970億円(2021年度)規模である。
同社の大きな特徴のひとつは、これ程までのグローバル企業に成長したにも関わらず、株式上場していないこと。株式公開をせずに企業価値を高めるために、給与とボーナスでのみ株式購入できる独自の従業員持株会制度を取り入れ、社員が従業員かつ経営者として自社のことをとらえて働ける仕組みを作っている。
そこには「他人の利益を図らずして、自らの繁栄はない」というアンドリュー・カーネギーの言葉に基づいて創業者の𠮷田氏が唱えた「善の巡環」の思想があり、顧客、取引先、企業・社員の3者が等しく発展することを目指している。
近年、株主の利益を優先する株主資本主義を謳う日本企業が増えるなかにあって、同社は特定の株主に偏らず、社員を含むステークホルダー全員を巻き込んだ経営を実現しているという。
筆者の高橋氏は白鷗大学名誉教授、中央大学博士で研究領域は多国籍企業論、国際経営論、経営倫理。これまでに食品・飲料企業ネスレ、ヘルスケア関連企業ジョンソン・エンド・ジョンソンを取り上げた著書を手掛け、本書は欧州、米国に続き日本のグローバル企業に焦点を当てた3冊目。
𠮷田氏が故郷を離れて東京で働き始めたいきさつから本社機能を黒部に移転した現在までの歴史、ファスナーのルーツと同社の国際競争力、海外でリーダーとして働く人材の育成、研究開発体制の整備、食への挑戦など全11章の視点から、国内外のグローバル企業との比較も交えて分かりやすく読み解き、今後の日本企業が向かうべき経営スタイルを一考させる1冊だ。
四六判、発行所は同文舘出版、定価1,900円+税。