揺らぐサムスン共和国:医薬品の委託開発生産を加速するサムスンバイオロジクス
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
グローバル製薬会社の多くは、医薬品の研究開発やマーケティングに資金や人材などを集中する戦略を取っており、生産工程をアウトソーシングしている。グローバル製薬会社の生産業務を担うのが医薬品委託開発生産(CDMO)である。CDMOは研究開発から臨床、製造、流通などすべての工程を引き受ける。
CDMO事業を確立するまでには、工場建設資金、人材育成など時間がかかる。受け皿となる商業用プラント建設に大規模投資が必要であり、グローバル製薬会社との間でプラント設計・建設など事業化のための調整、準備に最低でも3年以上かかる。
グローバル製薬会社がこうしたビジネス形態を継続する結果、専門のCDMO会社を抱えたオープンイノベーションは避けられない。と同時に、抗体医薬品の場合、動物細胞を利用する細胞培養など生産全工程で、GMP(医薬品の製造管理および品質管理に関する基準)に符合する高い品質管理がCDMO企業に要求される。品質管理は医薬品等の原材料の入荷、検品から製造、製品の包装、出荷管理、製品保管、回収処理に至るまで細部にわたる。
サムスンバイオロジクス(以下バイオロジクス)は、2011年からCMO(委託生産)を開始し、CDO(委託開発)事業を2012年に設立された子会社サムスンバイオエピス(以下バイオエピス)を通じてジェネリック(後発医薬品)事業で展開してきた。
バイオロジクスはCDMOによる商業用バイオ医薬品を生産するために、グローバル製薬会社から生産技術の移転、試験生産、各国の医薬品規制機関GMPなどのクリアにほぼ2年の準備期間を必要とした。
CDMO事業は契約金額が大きく、しかも長期契約になる。グローバル製薬会社とのCDMO契約は、通常5~10年の長期契約が主であり、相互の信頼関係がなければ成立しないビジネスである。
バイオロジクスは第1バイオキャンパス内の1、2、3工場に続き、4工場(25.6万リットル)の増設(今年10月に一部稼働、来年6月フル稼働予定)を進めており、これにより単一企業としては世界最大規模のバイオ医薬品生産設備(合計62万リットル)を誇ることになる。

図表1 バイオロジクスの契約地域 注:2016年から今年第2四半期までの実績
資料:現地報道(2022年9月15日)
さらに第1バイオキャンパスの規模を凌駕する第2バイオキャンパス建設により5~6工場の建設を含む大規模投資も計画しており、世界トップのCDMO企業になることを目指している。バイオロジクスの契約先は、2016年から今年第2四半期までの実績を見ると、欧米で28件、構成比にして8割以上を占める(図表1)。
ただ気がかりなのは米中対立が、半導体に続きバイオビジネスにも波及し始めたことである。中国は今年5月、バイオ経済育成政策を発表した。これに対抗して米国・バイデン大統領は9月に、バイオ医薬品製造及び技術も海外依存度を減らし自給率を高めるという行政命令に署名した。
こうした中でバイオロジクスは、今年4月バイオエピスを子会社化したことで半期1兆ウォン越えを初めて達成した。ただ欧州との取引でユーロ下落と2工場の定期点検で稼働率が低下した影響から、収益性はやや伸び悩んでいる(図表2)。

図表2 サムスンバイオロジクスの実績推移
資料 : 半期報告書(2022年8月16日)より作成
いずれにせよ、今後も成長が期待されている事業だけに、ライバル企業の進出も著しい。バイオロジクスのライバル企業としては、バイオ医薬大手のロンザ(本社スイス・バーゼル)、ベーリンガーインゲルハイム(本社ドイツ)、中国の薬明生物技術有限公司(2026年まで58万リットルに拡大)、日本の富士フイルムも米国ノースカロライナ州にフジフイルム ダイオシンス(2026年までに生産能力を65万8千リットルに拡大)を設立するなど、いずれの企業も大規模投資が目立つ。ちなみにCDMOの世界市場シェアは、1位がロンザの25.2%、2位がバイオロジクスの9.1%である(いずれも2020年基準)。
バイオロジクスの他社との比較での優位性は、医薬品委託開発までの時間が短い点にある。このビジネススタイルが、グローバルCDMO企業との競争で、今後どこまで通用するか、また、子会社バイオエピスの関節リウマチ治療薬や眼科疾患治療薬などのジェネリック医薬品市場をどこまで拡大できるかに注目が集まっている。