揺らぐサムスン共和国:6G国際標準で巻き返しを狙うサムスン電子
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
世の中に5G(第5世代移動通信システム)の基地局がまだ十分整っていない中、早くも6G(第6世代移動通信システム)の周波数の主導権を巡って国際戦略が展開されている。6Gの最高伝送速度は、1秒当たり1,000ギガビット(1Tbps)を目標として5Gより約50倍速く、4G(LTE)と比較すると1,000倍ほど速い速度が実現可能といわれている(図表1)。

図表1 5Gと6Gの比較 資料 : ETRI技術戦略研究センター等
6Gが普及すれば、スマートフォンのデータ転送が飛躍的に早くなるだけではなく、精密に制御された自律走行車・ロボット、大容量データを処理するスマート工場、さらには遠隔医療などの分野にも革命をもたらすと期待されている。
6G技術グローバル標準化と技術主導権確保のために、サムスン電子は2019年5月、DX部門の中のサムスンリサーチに次世代通信研究センターを設立し、2020年には「6G白書」を作成して次世代6Gビジョンを提示し、これを実現するために必要な候補技術と標準化までのスケジュールを公開した。
今年5月には第1回「サムスン6Gフォーラム」を開催し、同時に「6G周波数白書」を発表して、6Gサービス用周波数確保のためのグローバル共同研究を提案するなど、国際標準化に向けて欧米諸国及び中国との情報共有に拍車をかけている。たとえ6Gの関連技術に先行していたとしても、世界各国から賛同が得られなければ、国際標準を確立することはできない。
6Gの国際標準化がどこまで進んでいるのか、概観してみよう。国際標準化を決定する世界5大標準化機構は、国際標準化機構(ISO)、国際電気技術委員会(IEC)、国際電気通信連合(ITU)、国際電機電子技術者協会(IEEE)、ヨーロッパ電気通信標準機構(ETSI)である。
それら国際標準化機関の下部に位置付けられる部会や専門委員会などの組織に、韓国は243名(2021年実績)を送り込んでいる。昨年8月に開催された3GPP(5G標準化会議)において、この会議を構成する3つの分科グループのうち2つの副議長席ポストをサムスンリサーチの研究員が占めた。
また昨年、サムスン電子は、ITUの電波通信部門総会における6Gビジョン標準化グループの議長ポストも獲得した。サムスン電子は、6G国際標準化の重要ポストのうち議長2人、副議長5人を送り込むことに成功した。
ITU-R6Gビジョングループ議長の立場を活かして、6G候補周波数の発掘・確保など、主な議題に韓国の立場が有利になるよう、今後ともITUと3GPPの国際標準化に向けて積極的に働きかける方針である。
韓国政府はこうした民間企業の動きを積極的にサポートしている。
尹(ユン)政府は、6Gの国際標準が設定されれば、その2年後以降には6G商用化が進むとみている。政府は6G商用化を国策に掲げており、前政権より商用化の実現時期を4年繰り上げた2026年とし、このために2025年まで低軌道通信衛星や超精密ネットワーク技術などの開発に2,000億ウォンを投資し、あわせて人材も養成する計画である。

図表2 通信設備世界市場占有率(2021年第4四半期)
資料 : デローログループ(Dell’Oro Group:米国の通信分野に特化した調査会社)
こうした背景には、韓国企業が通信分野において主導権を握ることができずにきた現実がある。この3月デローロ(Dell’Oro)が発表した資料によれば、世界通信市場(2021年第4四半期)において、華為は28.7%の占有率で1位、2位のエリクソンが15.0%、3位ノキア14.9%、4位ZTE(中興通訊)10.5%、5位シスコ5.6%、そしてサムスン電子は6位の3.1%にとどまっている(図表2)。
韓国政府のインフラ整備計画を受けて、サムスン電子は人材の育成に積極的である。昨年、ソウル大学校と浦項(ポハン)工科大学校に専攻科目を開設して、次世代通信分野の人材の養成を始めている。この専攻科目を履修した学生は、奨学金などが受けられ、卒業後、サムスン電子に入社することができるという特典を与えられる。
来年には高麗(コリョ)大学校との間で、6Gを含む次世代通信技術を扱う「次世代通信学科」を電機電子工学部に設け、この学科は、入学した学生をサムスン電子が採用を保障する契約学科である。この学生には、学費補助金などが支給されるという。
世界各国の動きも急である。米国は民間主導で6Gを準備しており、中国も国家主導で6G開発を進め、ヨーロッパ連合(EU)も6G研究開発グループ、ヘクサ-X(Hexa-X)をスタートした。
6Gの実用化時期は2028~2030年といわれている中、サムスン電子は6Gで国際標準の主導権を執ることができるかどうか、この成否がグローバルビジネスの将来を大きく左右するだけに、今まさに正念場を迎えているといえよう。