揺らぐサムスン共和国:人工知能(AI)の開発を加速するサムスン電子
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
2021年1月のサムスンリサーチ(先行開発組織)社長団会議において、半導体とバイオに今後5年間(2022~26年)に450兆ウォンの投資を明らかにし、同時に人工知能(AI)、第6世代移動通信方式(6G)などを積極的に育成することで、グローバルリーダーを目指すと明らかにした。
サムスン電子は2017年11月、ソウル特別市瑞草区の牛眠洞(ウミョンドン)にあるサムスンリサーチ傘下にAI総括センターを新設し、米国・シリコンバレー、英国・ケンブリッジ、カナダ・トロント、ロシア・モスクワなど、現在7地域のAIセンターを運営している(図表)。
7か所のAIセンターは、韓国AI総括センター(研究員600名)がハブ機能の役割を果たし、海外6センター合わせて400名以上の人材を集積し、全体として1,000名超の体制を確立している。AIセンターを含むリサーチセンターの総括責任者は、米国プリンストン大学校の教授出身者、スン賢俊(セバスチャン・スン)所長である。
AIセンターが発足してから5年が経ち、韓国内外ともに動きが活発化している。
まず韓国AI総括センターからみると、2017年から毎年「サムスンAIフォーラム」を開催しており、AI分野において世界的に著名な学者を招聘して、最新技術と研究情報を共有し、サムスン電子自身がAIの世界的な中核センターを目指している。
最近、韓国AI総括センターの動きで注目されるのは、人材の発掘に力を入れていることである。有望な人材を支援する目的で35歳以下の研究者を対象に「サムスンAI研究者賞」を新設した。サムスンでは公益法人湖巌財団が、科学者を対象とした湖巌賞を運営してきた前例はあるが、AI分野に限定した賞を設けるのは初めてだ。受賞者には賞状と賞金3万ドルが支給される。
次に海外AIセンターの動きに注目してみよう。
海外のAIセンター6か所のうち、米国シリコンバレーAIセンターは当初、AI、第5世代移動通信システム(5G)、自動運転車などを主導する拠点と位置付けられていた。
しかしシリコンバレーは人材の確保には適しているものの、現在、人件費、住居費、生活費などが急騰していることに加えて、毎年発生する山火事も深刻な環境問題となっていることから、グローバル企業の中に、脱シリコンバレーの動きがみられる。
シリコンバレーに代わるAI拠点として、カナダのトロント市やモントリオール市、米国テキサス州などが注目されている。それらの地域はシリコンバレーと比較して物価や賃貸価格の安さなどに加え人件費が安いことから、人材を雇用しやすく、事業拡大に適している。
トロントAIセンターについてみると、ここ数年、カナダ政府およびビジネスリーダーによるAIインフラ整備が行われていることを受けて、拠点としての優位性を高めている。具体的なインフラとしては、トロント大学では、地元のビジネスリーダーによる1億ドル寄付により、AIおよび生命工学関連の企業を受け入れる複合団地が建設されている。また人件費をシリコンバレーと比較すると、技術者の平均年俸が16万5,000ドル(2020年現在)であるのに対し、トロントでは9万ドル(同)とほぼ半分である。
トロントに次いで目立つのは、モントリオールAIセンターである。サムスン電子は手狭になったモントリオールAIセンターを移転して拡張するとともに、15名の新規採用に乗り出している。ここでは無線ネットワークとロボット研究が行われている。
カナダの他に注目されているのが、米国テキサス州である。ここではシリコンバレーに比較して、低率の法人税などが魅力となっている。
グローバル企業がテキサス州へシフトしたケースには、電気自動車メーカーのテスラが昨年10月、本社をカリフォルニア州パロアルト市からテキサス州オースティン市に移すと発表したことや、ヒューレットパッカード(HP)も本社を同市からテキサス州ヒューストン市に移転するなどが挙げられる。
熾烈な国際競争が展開されているAI分野で、サムスン電子はスマートフォンのカメラ、対話型のTV、エアコン、ロボット掃除機などにAI技術をすでに活用している。これらを加速すべく、サムスンAIフォーラムなどを通じて、グローバル企業および世界の専門家たちとの緊密な情報ネットワークを形成している。
こうした背景には、李副会長が思い描いている「ニューサムスン」の核心にAIが位置付けられていることがある。AIは電子産業だけでなく、国防、基礎科学、医学、バイオ、気候変動など、日々、適用範囲が拡大されているだけに、今後のサムスン電子によるAI事業への取り組みには目が離せない。