韓国財閥の対北事業の展望(3)南北経済協力事業のシナリオ

 現代グループ以外の財閥の動きを総括すると、SKハイニクスが注目している羅津港の整備プロジェクトがある。前述したように、未連結の鉄道区間の一部をSKエコプラントが受注したことから、全区間が完成することになれば、羅津港は俄然注目度が高まる。羅津港の整備は、「東アジア鉄道共同体」という北東アジア多国間協力プロジェクトを遂行する上で重要な位置づけになっていることから、優先順位がきわめて高い。

 観光、鉄道、港湾の他に韓国財閥が期待している事業は、北朝鮮の食糧事情を勘案した農業機械、肥料など農業技術に係る人道的支援であり、またしばしば報道される洪水被害を抑えるために経済的なリスクが小さい植林事業などである。

 林業については、北朝鮮が重視している事業のひとつである。労働党機関紙労働新聞においても、山林復旧は祖国の富強発展と子孫の繁栄のための最大の愛国事業と位置付けており、山林は国の貴重な資源であり、かつ経済建設と人民生活向上の重要な事業であると謳っている。

 いずれにせよ、既存の工業団地や観光資源が正常に再稼働したとしても、北朝鮮が都市・農村部を整備するにも、また炭鉱と鉱山でより多くの石炭と鉱石を掘り出すにも、電力・エネルギーと共に木材がなければならないとしている。

北朝鮮の完全な非核化により動く国際金融機関のインフラ・プロジェクト

 北朝鮮の完全な非核化が確認されたとき、国際機関により最優先となるインフラ・プロジェクトは電力・エネルギー事業である。北朝鮮の電力事情が改善されない限り、港湾・鉄道などのインフラ整備、地下資源開発、重工業から軽工業に至るまで稼働率を引き上げることはできない。だが火力発電所の着工から完成までには、最低でも10年の時間を必要とする。

1 電力・エネルギー整備

図表1 北朝鮮の電力生産量推定値(単位:億kwh)
資料:統計庁

 米中央情報局(CIA)が最近改編した「ワールド ファクトブック」によれば、2019年基準で、北朝鮮全体人口の26%が電力網を通した電気を使用できているだけで、地方に至ってはこの比率が11%に低下すると分析している。

 1980年から2019年までの約40年間、北朝鮮の電力事情は何ら改善していない(図表1)。

 この間、韓国の電力生産量は372億kwh(1980年)から5,630億kwh(2019年)と15倍増加しているのに対し、2019年の北朝鮮は238億kwhにとどまっており、南北間の電力生産量は格差が約24倍に広がった。北朝鮮は慢性的な電力不足に陥っている(図表2)。

図表2 国連対北朝鮮制裁で深刻化する北朝鮮の電力難
2014年1月30日、アメリカ航空宇宙局が国際宇宙ステーションから撮影した朝鮮半島
資料:東亜日報(2021年2月26日)

 2019年基準で電力構成を韓国と北朝鮮を比較すると、北朝鮮の火力と水力による電力生産はそれぞれ53.8%と46.2%を占めたのに対して、韓国の場合、火力が67.4%、原子力25.9%、新再生エネルギー5.6%であり、水力発電は1.1%に過ぎない。

 現在、北朝鮮最大の水力発電所である水豊(スプン)ダムは1944年に完工したものである。最大の火力発電所である北倉(プクチャン)火力発電所は、ソ連の援助で1968年に着工して1972年に電力生産を始めた古い設備で、部品不足で設備の修繕がままならず、稼動が中断される場合が多いといわれている。

 韓国エネルギー経済研究院によると、現在、北朝鮮の火力発電所で改善が急がれているのは、北倉火力発電所の他、平壌(ピョンヤン)火力発電所(黄海製鉄所など工場への電力供給、竣工1965~1968年度)、清川江(チョンチョンガン)火力発電所(工場への電力供給、竣工1976~1978年度)など2か所である。

 エネルギー専門家らの見解を総合すると、北朝鮮の電力損失率は、送配電の過程で少なくても20%、多くて50%に達すると見られる。主に北朝鮮と中国国境沿いの水力発電は、平壌まで距離が遠いうえに、そもそも電圧が低いため電力損失率が高い。したがって北朝鮮の電力不足の解決策は、都市部近郊に火力発電所を建設することにかかっている。

 1990年代には北朝鮮の経済難が厳しさを増していた折、住民たちが電線を切って売り払い、送配電施設まで盗み出す事態を招いたことが、電力事情の悪化に今日まで歯止めがかからなかった主因と指摘されている。こうした北朝鮮の劣悪な電力事情から、電力・エネルギー事業の具体案は、いくつもの機関から出されている。

 2019年12月、電気研究所が韓国水力原子力会社に提出した研究サービス報告書において、短期事業としては北朝鮮水力清浄開発体制モデル事業と北朝鮮送配電網性能診断モデル事業など、中期事業としては北朝鮮水・火力性能診断事業と新規水・火力建設協力事業、送配電網建設協力事業などを挙げており、これら事業に必要な総予算は18兆4,890億ウォンと推算した。

 また、国務総理室傘下の経済人文社会研究会が2020年9月、北朝鮮の老朽化した火力および水力発電所近代化事業に7兆7,188億ウォンの投資が必要との研究を発表した。この研究には、2018年4月の南北首脳会談当時、韓国政府が北朝鮮側に伝えた「韓半島新経済地図構想」のための政策提案も含まれた。

 さらに、新環境・低炭素南北エネルギー協力推進方案研究報告書においては、北朝鮮エネルギー産業近代化方案で、火力発電の近代化(2兆9,235億ウォン)、水力発電の近代化(2兆2,052億ウォン)、順天(スンチョン)地域煉炭工場建設(734億ウォン)、石炭鉱近代化事業(2兆5,167億ウォン)等が提示され、総投資額は7兆7,188億ウォンと推定された。

 壮大な電力・エネルギー計画としては、南北露三国間の東北アジアスーパーグリッド・プロジェクトがある。スーパーグリッドとは、余剰電力を相互融通する国家間大容量電力網である。韓国電気産業振興会の構想には、日本、中国、モンゴルまで含まれている。国連安保理の経済制裁が解除されたならば、北朝鮮国内の送配電網整備に10年、南北露の電力網が構築されるには最低15~20年を要するとしている。

 いきなりスーパーグリッドの議論が出てくる背景には、近代化された発電所を新設しても、北朝鮮国内の送配電網が古いためロスが大きく、安定した電力供給にはまず、電力供給ネットワークの整備から手を付けなければならないことが指摘されている。北朝鮮の電圧は、地域内では、3.3、6.6、11、22KVと複雑であり、地域間を融通するのも220・110KVと統一されておらず、全体が標準化されなければ、送配電網の連結は不可能だ。