韓国財閥の対北事業の展望(1)揺れ動いた文在寅政権の北朝鮮政策

 2020年10月、米国のマイク・ポンペオ国務長官は、北朝鮮の非核化以前の終戦宣言はあり得ないと、文大統領の国連総会の一般討論演説における「先に終戦宣言」という提案に対して、改めて否定的な認識を表明した。

 いずれにしても「終戦宣言」が実現しない背景には、仮に実現すれば北朝鮮は、在韓米軍の撤退と米韓同盟の失効を声高に主張することが予想され、米国としては、2019年2月のハノイでの第2回米朝首脳会談で決裂したこと、その後の相次ぐミサイル発射や国連安全保障理事会決議への度重なる違反など、米国内では北朝鮮への不信が増大しており、現状では「終戦宣言」を巡り米韓の温度差が際立つ事態を生んでいる。

北朝鮮の開発費用最大3,100兆ウォン

 南北経済協力は「北朝鮮の非核化」、「国連の制裁解除」という前提条件がある。これらの関門を突破しても、開発資金をどのように調達するのか、現実的問題が浮上する。これは韓国政府の財政支出で解決できるレベルの問題ではない。

 北朝鮮の開発費用を含む統一資金がどれくらい必要かは、機関ごとに推定額が大きく異なる。開発事業の範囲・対象・期間などによって違いが生じており、少ない金額の事業費では約220兆ウォン、多い事業費では約3,100兆ウォンに達する(図表2)。

図表2 韓国主要機関の南北投資費用推定
資料 : サムスン証券(2018年9月8日)

 具体的な例を挙げると、韓国財政学会などは統一後10年間に約220兆ウォン、国家予算政策処は約40年間に3,100兆ウォン、金融委員会は約20年間に554兆ウォン(5,000億ドル)が必要と推定している。

 韓国政府の財政で積み上げられている南北経済協力基金は、1991年から2018年3月末までの17年間で13兆8,609億ウォンに過ぎない。韓国政府単独で開発資金を調達することは、明らかに不可能であることから、国際金融機関や外国人資本を誘致するか、北朝鮮の経済特区における投資制度や輸出入制度などを整備することで、民間投資の導入などが図られなければ動くものではない。

 その呼び水としての三星証券のアイディアが、初期開発資金20兆ウォンは元山特区に限定して、韓国政府70%、産業銀行15%、輸出入銀行15%出資して銀行を設立するというものである。

 北朝鮮全域を対象とした場合、ベトナム政府のドイモイ政策を参考とするならば、経済制裁が解除され、その後に国際金融機関から支援を受けて、外国資本を積極的に誘致したやり方である。ある程度リスクを負える国際機関が先行して地ならしを行い、これを突破口に民間資本が動きだすシナリオである。

 ただし北朝鮮の段階的な非核化を前提とした場合でも、国際金融機関が動き出し、融資を受けるためには信頼できる統計資料が整備されなければならない。韓国銀行が北朝鮮の統計資料を作成しているが、現状は隔靴掻痒のレベルであり、正確な統計でなければ国際機関は動かない。

 このように韓国政府が動くにも資金不足は明らかであり、国際金融機関が動くにも融資の前提条件である北朝鮮の法整備や統計資料の整備だけでも、長い時間を要するというのが現実である。