南極・昭和基地から、ふるさとへ (1)越冬を開始した第63次南極地域観測隊
コロナ禍2年目に出発した我々は、前次隊が実施した感染防止対策の経験を活かしつつ、観測隊の活動を正常に戻して、これまでの積み残しを解消し、きたる第Ⅹ期計画への橋渡しもするという通常以上の課題をこなす使命を帯びている。
6カ年計画の具体的なサイエンス活動は「重点課題」と呼ばれる実施枠で企画されるのが通例で、その大半は南半球の夏期にだけ南極地域に赴いて活動する「夏隊」によって遂行される。世界に伍する成果を挙げることを期待された、いわゆる挑戦的かつ先進的な取り組みだ。そのため多くの研究者が参加できるよう、夏隊の規模は年々増加する傾向にあり、63次隊では約50名の隊員と同行者が参加している。
最近では、南極大陸内に基地を持つ各国が協力して運航する航空ネットワークを利用して、数日で南極大陸入りし、片道でも数週間を要する砕氷船での船旅を経ることなく効率的に調査を実施する方法も併用されるようになっている。
だがこの国際航空網も新型コロナウィルスの世界的蔓延の影響を受けている。感染防止に厳重な対策が施されてはいるものの、フライトクルーに感染者が出たり、昭和基地の隣(といっても数百キロは離れているが)にあるベルギーの基地で航空網利用者に集団感染が発生したりしているのだ。
幸い日本の観測隊に影響はなかったが、実際に63次隊でもこの航空網を利用して出入りする隊員がいたし、航空網を共同運営する国際機関の一員として昭和基地そばの滑走路を整備したりする役割も担っているため、南極に関する国際学術機関への対応など、観測隊の安全をあずかる隊長として緊張感が増す局面もあった。
オゾンホールを最初に発見した昭和基地、「挑戦」と「継続」を支える
このように多くの人員と船舶や航空網を使った賑やかで慌ただしい夏期のオペレーションも2月上旬には終了し、今はわずか32名の越冬隊員および同行者だけが基地に残って、静かな日常を過ごしている。
1957年に開始された昭和基地での越冬観測は、6次隊と7次隊との間に3年間の中断はあったものの、60年以上の長きにわたって連綿と引き継がれて現在まで継続されている。
その中核となっているのが「定常観測」と呼ばれる実施枠で、とかく注目されがちな「重点観測」とは対極的に、長い目で絶え間なく地球の様々な状態を監視し続ける地味な役割を担っている。まさに「継続こそ力なり」のことわざを地で行くような活動だ。気象庁、国土地理院、海上保安庁、情報通信研究機構などの職員が担当していて、中でも気象庁からは毎回5名の隊員が派遣され、越冬隊の中でも主戦力となる観測グループを形成している。

昭和基地心臓部の発電機の停電対応訓練
実はオゾンホールの最初の発見は、昭和基地での観測によるものだった。地道に大気を見つめ続けてきたからこそ挙げられた世界的な成果と言ってよいだろう。また昭和基地は南極地域内に常駐する数少ない気象台としての役割も果たしていて、これまでの絶え間ない観測データの蓄積は、数十年スパンで気候の変動傾向を探る上で欠かせないものとして世界から高い評価を受けている。
昭和基地は、こうした「挑戦」と「継続」という対極的な二面性を兼ね備えた観測活動を支える拠点として機能している。この研究プラットフォームを絶やさずに維持していくことが越冬隊の最大の使命だ。観測機器や隊員の生活を支える発電機を365日動かし続ける、暴風雪や低温から基地の設備を守る、設備に不具合が出たらすぐに修理する、まだどこにも実績のない新しい機器を極限環境で試験的に使ってみる、極限状態におかれた隊員たちの心身の健康状態を維持するなど、根気と緊張感を強いられる仕事を一手に引き受けている。
さらに次の夏には観測課題を目一杯抱えた夏隊がやってくる。彼らが到着してすぐに仕事に取りかかれるように、あらかじめ下準備をしておくのも、我々越冬隊の重要な仕事のひとつだ。
太陽が昇らない”極夜”が明けたらいよいよ本格活動へ

日没後の薄明が残る南の星空に舞うオーロラ
まだ我々の越冬生活は始まったばかり。これからどんどん日が短くなって、6月にはほとんど太陽が昇らない「極夜」の時期を迎える。その極夜が明けると今度は、雪上車で遠くまで出かける機会も増えてくる。一年中雪と氷に覆われた南極でも、時節に応じて多様な活動が展開される。
そんな越冬隊の1年間の様子を、越冬隊長として日ごろから感じたり考えたりしていることを織り交ぜながら、数回に分けてお伝えしていきたい。
プロフィール
1966年富山県上市町生まれ。85年富山中部高校から北海道大学に進み、90年同大学地質学鉱物学科を卒業後、同大学大学院環境科学研究科修士課程に進学。92年同大学院博士課程進学と同時に、第34次南極地域観測隊地学部門越冬隊員として昭和基地で越冬し94年に帰国。97年同大学院博士課程修了、博士(環境科学)。96~98年日本学術振興会特別研究員(国立極地研究所)。98~99年北海道大学低温科学研究所研究員、99~2015年同大学大学院地球環境科学研究科助手・助教。15年より法政大学社会学部准教授、国立極地研究所客員准教授。21年から第63次南極地域観測隊副隊長兼越冬隊長。
専門は氷河地質学・第四紀学・自然地理学。これまでに南極をはじめとして北海道日高山脈や北アルプス、チベット、ネパール、ブータンヒマラヤ、スバルバール諸島、グリーンランド、南米パタゴニアなどの高山・極地の雪氷圏で現地調査を実施。大学時代には山岳部でフィールドワークのイロハを学んだ。現在も雪氷学会の災害調査チームに所属し、雪崩災害防止の啓発活動にも従事している。
<掲載協力:国立極地研究所>
国立極地研究所南極観測ウェブサイト https://www.nipr.ac.jp/antarctic
観測隊ブログ https://nipr-blog.nipr.ac.jp/jare/