揺らぐサムスン共和国:第2の半導体に浮上したサムスンバイオロジックス

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2021年8月下旬、サムスングループは、2023年までの3年間に、半導体・バイオなど戦略事業に240兆ウォンを新規投資し、4万人を直接雇用すると発表した。240兆ウォンのうち約90%にあたる200兆ウォンは、サムスン電子に関わる投資計画である。

 サムスン電子は半導体に関して、メモリー半導体事業をグローバル市場で絶対的な優位を確立し、特にシステム半導体に関しては、foundry工程の研究開発及び設備投資を加速化することで、世界1位に向けての基盤づくりを強化するとしている。

 またバイオに関しても、コロナ禍以後に予想される産業及び社会構造の変革に備えて、責任ある企業としての役割を果たしていくと説明した。このことは、サムスンがバイオ産業を第2の半導体に位置付けたことを意味する。

 サムスングループの中でバイオ事業を主導しているのがサムスンバイオロジクスである。サムスンバイオロジクスは、現在建設中の4工場(25万6,000リットル)が2023年にフル稼働に入れば、医薬品の生産能力が62万リットルに達し、開発から製造までを受託する医薬品開発製造受託(CDMO)において世界1位となる (図表 1)。

図表 1 サムスンバイオロジクスの生産能力と計画
資料:現地報道より作成

 CDMOというのは、医薬品委託開発(CDO)と委託生産(CMO)を包括した概念で、特定品目の開発・製造サービスを同時に提供することで、サムスンバイオロジクスがこの体制を確立していくとの意思を明らかにした。コロナ禍でワクチンと治療剤の効率的な供給へのニーズが高まり、CDMO事業に対する社会的価値は飛躍した。

 今年10月にサムスンバイオロジクスは、米国のEnzolyticsとコロナ治療薬の開発においてCDMO契約を締結した。これにより同社のサンフランシスコCDO R&Dセンターを通じて、Enzolyticsと共同開発に乗り出す。

 サムスンバイオロジクスはコロナ禍を追い風として、2021年上半期に売上高6,729億ウォン、営業利益2,410億ウォン、売上高営業利益率は35.8%と驚異的な数値を叩き出した (図表2)。今年上半期を昨年同期と比較すると、売上高は30.7%増、営業利益は78.8%増を記録した。

図表2 サムスンバイオロジクスの売上高と営業利益の推移
資料:半期報告書(2021.8.18)より作成

 2021年第2四半期だけをみても、売上高4,122億ウォン(前年同期比34%増)、営業利益1,668億ウォン(同105.6%増)となり、売上高営業利益率は40.5%に達する。四半期の売上高が4,000億ウォンを超えたのは、創業以来はじめての出来事である。

 売上拡大に貢献したのは、海外での売り上げ・輸出であり、その額は5,810億ウォンと前年同期の2,005億ウォンから52.7%増加した。売上額に占める海外売り上げ・輸出の割合は86.3%に達した。

 サムスンバイオロジクスは、コロナ関連の新規顧客を相次いで獲得している。昨年4月、グローバル製薬会社である グラクソ・スミスクライン株式会社(本社:英国ロンドン)とコロナ抗体治療剤の生産契約を2億3,100万ドルで締結し、翌月には米国の製薬大手イーライリリー・アンド・カンパニー(本社:米国インディアナ州インディアナポリス)から1億5,000万ドル規模の委託生産契約を締結した。

 さらにサムスンバイオロジクスは今年5月、米国のバイオ医薬ベンチャーのモデルナとコロナ治療薬のCMO契約、そして9月には世界トップの製薬会社ロシュ(本社:スイスバーゼル/2019年売上高6.7兆円)と、当初のCMO契約規模3,553万ドルから2億1,285万ドルに拡大している。

 こうしたサムスンバイオロジクスの動きを俯瞰すると、当面、4工場完成までは早期受注確保に全力を投入する見通しであるが、ある程度見込みがついて足元が固まれば、注目されるのは5、6工場の建設計画と、バイオ医薬品以外にワクチン、細胞・遺伝子治療剤などにも手を伸ばす動きである。

 昨年12月に就任したリム社長は、短期的にはCMO事業で世界シェア30%を目標とし、中長期的にはCDO、CRO(医薬品開発業務受託機関)などバイオ医薬品の開発力を養い、世界最高水準にまで引き上げる戦略であると明らかにした。

 海外進出計画も具体化しつつある。サムスンバイオロジックスは昨年8月、米国・サンフランシスコにR&Dセンターを設立し、米国・ボストン、欧州、中国などにもセンターを創設して、世界の顧客に対してCDOサービスを提供できる体制を築いている。

 グローバルネットワークを整備することで、2025年には世界最高水準のCDO企業に押し上げることを目標としている。これまでの先行投資による規模の経済を享受する経営から、世界水準の技術力を確保することで新たな飛躍期を迎え、コロナ禍を追い風として、世界的製薬会社として不動の地位を固める戦略である。