揺らぐサムスン共和国:EV車開発に遅れが目立つサムスングループ
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
脱炭素化社会に向けて各国・各社の取り組みは加速している。韓国産業界においても、鉄鋼業や石油化学工業など炭素排出量の多い業種を中心に、工場内から排出される炭素の低減策を強化している。製造工程における省エネ化・効率化に留まっている段階から、世界の関心は、抜本的な脱炭素社会へと動き出している。そうした中で、世界各国はEV車(電気自動車)が、CO2排出をゼロとする切り札のひとつとして注目されている。
米国政府は2025年7月から、部品の75%以上が米国で生産・組み立てられたEV車に限って、特恵関税を施行する予定としており、関連各社は米国内に生産拠点を構築する動きを加速している。カーボンニュートラル(CO2実質ゼロ)を選択することが、次の成長機会を掴むための重要戦略に位置付けられており、世界的にEV車の販売を巡り主導権争いは激しくなっている(図表 1)。

図表1 2021年上半期の電気自動車販売台数上位5社
資料:EV Sales, Autoweekly
主要各社のEV車の開発動向を追うと以下の通りである。
ドイツのメルセデス・ベンツは、2020年にカーボンニュートラルを目標にした「アンビション(Ambition) 2039」戦略を発表した。具体的には、2022年までに欧州内すべての生産施設にカーボンニュートラルを適用し、2030年までEV車かPHV(いわゆるハイブリッド車)の販売比率を50%以上に拡大し、2039年には全車のカーボンニュートラルを実現するとしている。
スウェーデンのボルボは、2025年までは世界市場において販売車両の50%をEV車、残りをハイブリッド車で構成するとし、2030年までには生産するすべての車種をEV車に切り替えるという計画である。
EV車開発に対しては、自動車メーカーだけではなく、スマートフォン企業も参戦している。自動運転車やEV車が普及することは、自動車も一種の家電でありスマート機器になるとの判断から、中国企業、特にシャオミの動きが活発化している。
2021年3月、シャオミは「スマートEV」事業に着手すると公式発表した。EV事業は、シャオミが100%所有する子会社・小米汽車(2021年9月法人登録済み)の担当とし、今後10年間にEV事業に合計100億ドルを投じる計画と明らかにした。8月にはEV車企業であるDeepMotion(深動科技)を7,737万ドルで買収し完全子会社化した。
EV車で主導権を握りビジネスとして成功するかどうかは、製造コストの30%以上を占めるバッテリー如何である。また、バッテリー生産拠点は、EV車生産工場と近距離にあることも重要である。
EV車用のバッテリー生産を2021年1-6月の実績で見ると、シェアトップが2011年創業の中国CATL(寧徳時代新能源科技)の27.0%、次いでLGエナジーソリューション26.5%、第3位日本のパナソニックが16.3%、第4位が中国BYD(比亜迪股份有限公司)の16.7%と続いている(図表 2)。

図表2 EV用バッテリーの企業別シェア(2021年1-6月)
資料: Global EV and Battery Monthly Tracker(2021年7月)
上半期まではサムスンSDIが第5位を確保していたが、今年1~7月の資料では、SKイノベーションが占有率5.4%で5位にあがり、サムスンSDIは5.1%で6位に転落した。
市場調査会社IHSマーケットによると、電気自動車用バッテリー市場は2017年基準年間330億ドルから年平均25%成長して、2025年には1,600億ドル、2030年には3,517億ドルになるとの予測を立てている。
サムスンSDIは、LGエナジーソリューションにも大きく水をあけられている。LG化学がバッテリー事業部をLGエナジーソリューションとして分割したように、この8月にSKイノベーションもバッテリー事業を分割して100%子会社の新設法人を設立するなど、同業他社は、生産体制の再構築に邁進している。
アメリカ進出や大規模投資を打ち出しているLGエネルギーソリューションはGMと合併法人アルティアムセルズをこの4月に設立し、SKイノベーションもこの5月にフォードとの合併法人ブルーオーバルSKを設立しているのに対し、サムスンSDIはこの7月に米国イリノイ州中部をバッテリー工場の候補地の一つとして計画していると発表した段階にとどまる。
サムスンSDIは、グローバル第4位の自動車メーカー・ステランティス(2021年1月にイタリア・米国の合弁会社フィアット・クライスラーとフランスのプジョーが合併した企業)と連携すると伝えられたが、まだ具体的な動きは見られない。ステランティスは、自動車メーカーの中でもEV車事業への転換が遅れており、このこともサムスングループの出遅れ感を強めている。
8月に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が仮釈放されたことで、半導体だけではなく、電気自動車用バッテリーへの大規模投資により、スピードを回復するのではないかと期待を集めていたが、第2の半導体に位置付けられたのはバイオであった。
李副会長は来年7月に刑量満期となり、2027年7月にようやく職に就く制限が解ける見込みである。即経営への復帰は難しい中で、サムスンSDIは、米国にバッテリー生産拠点を決めなければならず、しかもサムスン電子とのシナジー効果が見いだせない現状では、同業他社と比較して事業の遅れを取り戻すのは、至難と言わざるを得ない。