揺らぐサムスン共和国:電装事業の不振に苦しむサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2014年の経営計画において成長事業のひとつに挙げられたのが電装事業であり、翌年12月に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は、経営支援室直属の電装事業チームを立ち上げた。2016年11月、李副会長が登記理事になって最初に手掛けたビッグプロジェクトが、電装会社・ハーマン(Harman:1956年設立)の80億ドル買収であった。

 それから4年半経過した現在、その後目立った大型M&Aはない。サムスン電子の主力事業である半導体とスマートフォンにやや陰りが見られ始めた現在、次世代の成長の柱として大いに期待されたハーマンであったが、相変わらず精彩を欠いている。

 ハーマンは、サムスン電子に買収される以前、2015年売上高営業利益率が6.8%、2016年も同8.1%と高収益を上げていた。しかし買収後の2017年同0.8%、18年同1.9%、19年3.2%、そして昨年には0.6%まで低下した。ただ今年第1四半期のハーマンの業績をみると、売上額が2兆3,673億ウォン、営業利益が1,131億ウォン、売上高営業利益率は4.8%にやや回復してはいる(図表①)。

図表① ハーマンの売上高及び営業利益の推移(単位:億ウォン)
資料 : 電子公示システム(2021.5.17)などより作成

 サムスン電子にとって電装事業は、半導体、第5世代(5G)移動通信、人工知能(AI)などの技術を生かす領域と期待され、サムスングループにとって相乗効果を発揮しやすい事業分野とみなされてきた。

 買収後、収益性を改善するために、ハーマンは従属企業の再編に拍車を掛けてきた。主力事業としては、個人向けオーディオと電装部門を温存し、それら以外の従属企業を整理してきた。この結果、ハーマンの従属企業数は買収時に109社あったのが、合併や清算により2020年末には68社まで削減した。この選択と集中も成果を出していない。

 こうした経営努力にもかかわらず、売上高そのものは買収前の8兆ウォン前後から買収後の9兆ウォン前後へと若干改善の兆しが見られるだけで、収益性に至っては前述したように、買収後に急激に悪化し今日まで底這いを続けている。

 これらの事実から、従属企業の整理統合による経営効率化が一段落してからの直近の赤字は、新型コロナウイルスなどによる自動車需要の減退という外部要因ではなく、サムスン電子とハーマンにシナジー効果があると期待し続けてきたサムスン電子内部に、疑問符が突き付けられたことを意味する。

 車両用半導体は量産型の産業用半導体とは異なり、自動車メーカーの仕様に合わせた多品種少量生産で設計しなければならない。このために、買収後に自動車メーカーへの部品供給が不調という事態を招いている。

 こうした中で持ち上がっているのは、追加的な合併・買収の必要性である。サムスン電子による車載用半導体事業の強化策としてひとつ浮かび上がったのは、NXPセミコンダクターズ(本社オランダ)の買収話である。

 NXPの2020年の売上高は86億1,200万ドル(9兆5,541億ウォン)、営業利益が22億2,800万ドル(2兆4,700億ウォン)、売上高営業利益率は25.9%と高い水準にある。売上高だけを見ると、ハーマンとほぼ同規模であるが、営業利益額ではハーマンの約45倍である。

 仮にサムスン電子がNXPを買収したならば、NXPの顧客であるBMWやフォードなどを取り込むことができるとともに、車両用APとインフォテインメント分野でハーマンとのシナジー効果も期待できる。NXPの2020年売り上げ構成をみると、車両用半導体が全体の44%で最も多く、次いでモノのインターネット21%、通信インフラ20%、モバイル15%となっている(図表②)。

図表② NXP(本社オランダ)の売り上げ構成(2020年基準) 資料 : NXP

 ただし、この車両用半導体事業の難しさは、自動車会社から高品質・25年保証を求められることから、必ずしも収益性が期待できないということである。同時に、自動車業界は下請け企業とすでにピラミッド構造が完成しており、新たに参入するには高い壁を乗り越えなければならない。

 ハーマンを立て直すには、さらなる選択と集中が求められている。ハーマンは今年に入ってからもデジタルミキシングシステム企業の売却を取り決め、事業の再編は今なお続いている。

 一方、ハーマンが事業の集中を狙っているのは、米国の移動通信技術を有する企業の買収や5G技術を適用した電装ソリューションであり、昨年、サムスン電子と世界で初めて5G技術を活用した車両用通信装備(TCU)を公開するなど、今後この領域においてシナジー効果を発揮して再生への道筋を見出せるか、注目される。