揺らぐサムスン共和国 :主要事業に陰りを見せるサムスン電子
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
サムスン電子の事業構造を過去そして未来も決定づけてきたのが、大規模投資と大型M&Aである。これらを起爆剤として、外部から優秀な人材と技術を融合しながら、積極的な経営を展開してきた。それらを可能としてきたのが、豊富な資金である。
最近の大規模投資を確認すると、2018年8月に未来成長産業4分野に180兆ウォン規模の投資をすると表明したのに続き、2019年4月にはシステム半導体の「ビジョン2030」で133兆ウォン、同10月にはQD(量子ドット)ディスプレイに13兆1,000億ウォンなどが挙げられる。
既存事業で大規模投資が目立つのは半導体とディスプレイである。サムスン電子は、メモリー半導体の先端工程への転換と半導体・ディスプレイの増設投資など、主力事業における競争力強化のために投資が顕著である。
特に半導体の場合、メモリー価格の上昇が投資拡大を裏付ける材料となっている。PC用DRAM(DDR4 8ギガビット)製品の平均価格は、2021年2月末1個当り4ドル35セントだったのが、3月初めには4ドル37セントと依然として上昇基調が続いている。
このため、半導体事業がスーパーサイクル(好循環)に入ったとの見方が広まっており、韓国内のライバル企業SKハイニックスは、オランダASMLから、極紫外線(EUV)スキャナ機械装置の購入などに、2025年まで4兆7000億ウォンの大規模投資を表明している。
またファンドリー事業でサムスン電子が追撃している台湾のTSMCも設備投資に27兆ウォン~31兆ウォン使うと明らかにしている。TSMCは米国アリゾナ州に120億ドル(約13兆ウォン)を投資して、5ナノ工程のfoundry工場を2024年に完工することを目標に建設中であり、さらに日本に半導体の後工程の開発会社を設立する動きである。

図表① サムスン電子の半導体投資の推移
資料 : 金融監督院電子公示システム及び現地報道
サムスン電子としてもライバル企業の活発な投資を座視するわけにはいかない。こうしたライバル企業の動きに呼応して、サムスン電子は今年半導体関連の設備投資に、昨年の28兆9千億ウォンから約30%増の36~38兆ウォンを支出する見込みである(図表①)。現在の平沢(ピョンテク)3ラインの着工に係る大規模投資だけでも、30兆ウォン以上と見込まれている。
サムスン電子が新規事業分野として研究開発に力を入れているのが、AI(人工知能)と5G(第5世代移動通信システム)である。サムスン電子の研究開発費は、年々増加傾向にあり、昨年実績は21.2兆ウォンに達した。
AIの活用が進んでいるのは、サムスン電子の洗濯機、乾燥器、空気清浄器、ロボット掃除機などの家電製品である。今年上半期には、エアコン、エアドレッサー、食器洗浄器などに拡大する計画である。
AI利用のメリットは、洗濯機であれば適正な洗剤量と最適な洗濯時間の設定、空気清浄器であればフィルターの寿命情報などを知らせる機能が具備されることにより、利用者にそれらの情報が伝えられることで、快適な生活空間を享受できることである。
5Gに続き6G(第6世代移動通信システム)の国際標準化においても、サムスン電子は先行している。
サムスン電子はこの3月に開催されたITU-R(国際電気通信連合無線通信部門)移動通信標準化会議において、サムスンリサーチ次世代通信研究センターの研究員が、6Gのビジョングループの議長に選出された。ビジョン グループは6G性能と要求事項の定義、標準化・商用化ロードマップなど、2023年の確立を目標として6Gビジョンを推進する新設の組織である。
だがサムスン電子は6Gの国際標準化の策定作業において先行しているものの、現在の5Gスマートフォン市場では苦戦を強いられている。2019年にサムスン電子は5Gのスマートフォンの販売を開始し、アップルはそれより1年以上遅れた昨年10月に「アイフォン12」シリーズを販売したにもかかわらず、押され気味だ。

図表② サムスン電子の世界スマホ市場占有率の推移
資料 : ストラテジー アナリティックス
今や2013年32%台であった世界スマートフォン市場占有率は、昨年19%台に落ち込み、昨年第4四半期及び今年1月のスマートフォン世界1位は、アップルが返り咲いた。 しかも昨年世界スマートフォン市場占有率上位10社の中で7社を占めた中国企業らの占有率の合計(60%)は、サムスン電子(19%)を圧倒している。プレミアム製品はアップル、中低価格製品は中国企業が席巻している状態だ(図表②)。
市場調査会社カウンターポイントリサーチによれば、2021年1月のグローバル スマートフォン販売台数は1億2,196万台のうち、アップルがシェア20%でトップ、サムスン電子は17%で2位と善戦したかのように見えるが、昨年の占有率19%から2ポイント下落している。 サムスン電子は挽回を図るべく今年1月に前倒しで「ギャラクシーS21」シリーズを売り出したものの、すでにアップルの製品が浸透していたため、ギャラクシーの新製品としての広告効果が薄まってしまったのが主因である。
半導体に次ぐ収益源であるスマートフォンが苦戦を強いられている現在、半導体への過度な利益依存が避けられない。半導体の収益を凌ぐような新規事業の発掘に、サムスン電子といえども時間の余裕はない。