現地報告・英国のコロナ事情(7) 経済-抑えられていたバネが一挙にゆるむ?-

在ロンドン マークス寿子
段階的にロックダウン解除へ

 2020年の英国のGDPは10%の落ち込みになると発表された(2月12日)。そんな落ち込みはこの300年で初めてというコメントも出た。それに対して、大変だ、大変だという悲観的な大騒ぎが起こっているかと思うと、案外に気楽な雰囲気もある。

 その理由は、原因がはっきりしているからだろう。誰が見ても、この1年間のコロナ禍で経済が悪くならないと思う人はいない。コロナ禍によって、経済どころか、家庭生活も、学校教育も何もかも崩壊寸前にいたったのである。ということはコロナウイルスの感染を防ぐことさえできれば、経済も家庭生活も学校教育も元に還るというかなり気楽な考えになる。全てはコロナ如何ということだろうか。

英国のワクチン接種回数(累計)
空色は1回接種、濃紺は2回接種 4月9日時点で約3900万人が接種済

https://coronavirus.data.gov.uk/details/vaccinationsより

 ワクチン大作戦が成功して、2月半ばには感染者数も死亡も3分の1になった。したがって入院患者数も減ってきた。その傾向がずっと続いて、NHS病院への重圧が小さくなり、コロナ患者だけでなく、一般の病人も治療を受けることができるようになれば、人々はやっとノーマルな生活に戻ったと感じるだろう。

 その予測は見事に的中して、以来2カ月の間に、感染者数は2,000人台、死亡は20人~50人台、入院患者数も3,000人台になった。病院はコロナ以外の患者の治療も始めて、長く待たされた癌の検査や、その他の病気の治療、検査も再開した。ワクチン接種は50歳以上は95%が少なくとも1回目は終わり、2回目の接種も着々と行われている。

 ロックダウン解除も順調に始められたが、解除を一挙にやってほしいという多くの人の要望は叶えられていない。ジョンソン首相は、医療関係者の勧告に従って慎重に解除を進めている。2月末に発表された解除のマップは、まず学校再開、次にアウトサイドのスポーツ、そして4月に一般商店の再開。その後にパブ、レストランなどホスピタリティビジネス。人々が最も望んでいる海外ホリデーは簡単には再開になりそうもない。今年の夏は国内でホリデーを楽しみ、海外旅行は来年までお預け、というのが厚生大臣の意向である。

空港検査の厳格化

 これまで比較的緩やかだった空港の感染検査は一挙に厳しいものとなった。何故ならば、現在でもヒースロー空港には毎日1,400人ほどの旅行者が入港してきて、彼らの多くはワクチン接種をしていない。これまでヒースロー空港の感染検査はどこの国と比べても緩やかだった。今、多くの新型コロナウイルスの変異種が世界中に見られるときに、ワクチンの効果がないウイルスも出てくるかも知れない。

 そこで、政府は改めて厳しい入国検査を考えた。実はどこの国でもこれまでにやっていることなのだが。英国の空港に到着した人のうち、レッド・リストと呼ばれる感染者の多い国(目下のところ33カ国だが、頻繁に変わる可能性もある)から到着した人は、外国人でも英国籍でも、出発国で72時間以内に受けた検査でネガティブ(陰性)の証明書を持っていること。持っていない人は指定したホテルで10日間の隔離をすること。その代金は1,750ポンド(約26万円=4月10日現在のレートで計算、以下同)である。途中で隔離を止めるなど規則に従わない人は10,000ポンド(約150万円)の科料、嘘をついた人は10年以下のプリズン。

 これには、正直なところ、みんな驚いた(ぶったまげた、と言いたいところ)。そんな馬鹿な、ひょっとすれば殺人だって10年以下なのに、コロナ感染問題で10年のプリズンはないでしょう、とみんな大騒ぎだった。さすがに担当大臣も苦笑して、「まあ脅かしのため、ですね」と言ったものだ。

 いずれにしても、かつて聞いたことのない厳しい検査である。これで怒ったのは航空会社であった。ロックダウンで海外へ行けなくなり、乗客数が減り、しかも座席の間に間隔を取らなくてはならないから、ますます乗客は少なくなっている。それなのに、ロックダウン解除になってもホリデーに海外に行くな、とは。席をぎゅうぎゅう詰めにして、安い運賃で人気のある短距離への往復で利益を上げていた小さい航空会社のCEOはそれこそ怒り心頭に発して、我々を潰すつもりかと叫んだ。

400ビリオンポンドの借金をどうするか

 GDP10%の落ち込み、そしてこの1年間に政府がロックダウンのために必要とした借金400ビリオンポンド(約60兆円)、それをどうするか。

 何しろ昨年ロックダウンが始まったとき、政府は気前がよかった。それしかなかったからだが。閉店した商店の雇用主は従業員を一時休業(furlough)として、その給与支払いは政府が支援した。今年3月まで会社員は「雇用維持スキーム」、フリーランスは「自営収入支援スキーム」を通して最大80%の収入を国が負担している。

新年度予算案を公表したスナク英財務相
https://www.gov.uk/government/topical-events/budget-2021より

 この気前のいい支援スキームを発表したのは昨年2月に指名されたばかりの財務相リシ・スナクだった。英国人にとっても耳慣れない名前の財務大臣はインド系、父母が英国に移民してきて、リシは英国籍である。父親はGP(一般医)、母親が薬局を営んでいて決して富裕階級の出身ではない。これまでの財務相の多くがそうであったようにオックスブリッジ出身ではない。子供の頃からバイトをして親を助け、カレッジ終了後は金融界で働いて、政界に入ったのは2015年だという。そして財務省から一躍財務大臣に起用されたのだが、その時はまだ39歳だった。優秀だという評判だったが、一般にはほとんど知られていなかった。

 若くて気軽に動き回り、第一次のロックダウンが解除されてみんなにイート・アウトを奨励したときには、自分もレストランで料理をテーブルに運んで見せたりしたが、それが板についていて女性を大いに喜ばせた(ついでに言えば、なかなかのハンサムである)。

 彼が発表した政府の経済支援策(つい最近は生活保護の20%増加もなされた)は、それなしでは“非人間的” と言われたであろうから、それが政府の借金になることはやむを得ないと考えられた。