とやまの土木―過去・現在・未来 (52・完) 土木における河川環境の保全(下)

河川の自然の仕組み

 私の研究の原点は砂防ダムの問題であったが、河道を直線的に変え、河床を平坦にし、河岸をコンクリート護岸で固めてしまうことも大きな問題であると考え、川の形や瀬、淵の構造や機能なども研究課題としてきた。河岸が固定され、えぐれができないような河川構造は、移動障害と同様魚にとって影響が大きいのではないかと予想していた。その研究結果をまとめれば、以下のようである。

 河川は水が集中して流れるところであるが、流れるものは水だけではない。洪水時には土砂も流送する。水は連続的に流下するが、土砂はそうではない。洪水流にのって流された土砂は、微細なものは長距離を流下するが、流水の勢い(掃流力)が衰えれば大きなものは堆積する。

 土砂の源は山地である。山地斜面が侵食され河道に土砂を供給する。その土砂が洪水時に、不連続に下流に流される。堆積土砂は大きなレベルで捉えれば平地を形成する。扇状地や自然堤防地帯という沖積平野が代表的なものである。小さなレベルで見れば、河道付近に形成された平坦地の多くは洪水流が運んできた土砂で形成されているものがほとんどである。このような堆積土砂は洪水時に洗堀され、下流への土砂供給減となっている。

 このように、河川では土砂が流送され、洗堀体積を繰り返している。これが河川の構造の基本である。すなわち、洗堀や体積を繰り返し変動すること、換言すればダイナミックな構造(動的構造)こそが河川環境本来の自然な仕組みなのである(太田・高橋 1999)。

 私はイワナやヤマメが棲んでいる渓流域を対象としてきたが、最近下流域における護岸の影響を指摘した興味深い研究成果(Itakura et al. 2021)が発表されたので、ごく簡単に紹介しておきたい。

 激減している天然ウナギであるが、その重要なエサはミミズであった。ミミズは降雨時に河岸から供給されるが、護岸によりその量が減少しウナギに影響を与えているというのである。上流下流を問わず、まさに河岸の土砂が洗い流されることの重要性を示している。

写真2  中流部に形成される典型的な瀬-淵河道。これらの形態は土砂の侵食や体積によって形成される。

 河川が有するダイナミズムにより、瀬や淵が形成され(写真2)、河岸がえぐられる。これらの地形やそれによってもたらされる水流の多様性は水生生物の生息場所としてそれぞれに意味を持っている。この多様性が生物環境の質を担保する。写真3に見られるような浅く一様に単調な流れは多様な環境要素を持っておらず、生息環境の質としては最悪である。とにかく洗堀を防ぐ、換言すれば河川のダイナミズムを排除した結果がこのような川の姿につながった。

写真3  直線化され、河床までコンクリートで固定された河川。

 ダイナミズムは洗堀や堆積とほとんど同義である。人里を流れる河川で大規模にこれが生じると災害の原因になりうる。従来の河川工学や砂防学では極力河岸が洗堀されないよう、河道をコンクリートのようなハードな素材で固めてきた。技術者にとってこれが常識であった。多自然型川づくりレビュー委員会の報告書では「直線的な平面形状や画一的な横断面形状ありきで、護岸工法として石等の自然の素材を使用したり、植生の回復に配慮したりさえすれば多自然型川づくりであるとの誤解」があったと述べているが、河川の自然の基本を理解せず、またそれを尊重してこなかったことが大きな原因であったと言える。

今後の川づくりと人々の意識

 国土交通省は、多自然型川づくりの評価を踏まえ、「多自然型川づくり」の考え方はすべての川づくりの基本であるとし、モデル事業のような誤解を与える「型」から脱却して普遍的な川づくりの姿として「多自然川づくり」を新たに展開することとした。これについての解説は割愛するが、いずれにしても従来よりは川の生き物が棲みやすい、そして災害に強い川づくりを目指して様々な研究や事業が行われている。

 その際、何よりも重要なのは人々の意識である。技術者の意識や理解不足が多自然型川づくり不調の主因であったが、今後もこの意識や理解が不足すれば同じ轍を踏むことになる。果たして現状はどうなのだろうか。

 筆者の感じるところとしては、以前よりはよくなってきているがまだ十分ではない。それを示すやり取りを示そう。私の友人で河川生態学研究者の竹門康弘氏(京都大学防災研究所)が、京都鴨川にアユを遡上させるための様々な試みを行っている。そのことを紹介した2015年12月24日の同氏のFacebook上でのやり取りである。

竹門氏:(本文)
 今日は破損した鴨川七条落差工の修繕工事現場に行ってきました。魚が上り易い落差工にするために、現場で京都土木事務所・工事業者・賀茂川漁協の三者で協議をしました…

(メッセージ欄での書き込み)
 今回の工事は修理なので元の形状を復帰するといいながら、壊れた石畳部分の修繕に使用するのは魚の棲む隙間のないコンクリートブロックです。未だに環境意識が低いとしか言いようがないですが、逐一前向きの提案をし続けるしかないでしょう。

高橋:(メッセージ欄での書き込み)
 河川法の改正(目的に環境を入れる)や多自然川づくりと言っても、一部の先進的事例を除き、全体としてはまだまだその理念が浸透していないということでしょう。

竹門氏:(メッセージ欄での書き込み)
 どうもそのようですね。その気になれば法律や規則の範囲内でも出来ることは多々あるので、みんなもっと頑張ってほしいと思います

 現在、富山県では河川課の職員が中心になってアユやサクラマスが上流まで遡上できるように魚道の見直しを進めている。職員は数年で異動するが、異動後も変わらずにこの方向を維持できるかが問題である。そうした意味で、何よりも人々の意識が重要であると考える。

 河川管理者だけでなく、川や川魚に関係するステークホルダーの意識もまた重要である。ほとんどの場合、河川工事は税金によって行われており、納税者も関わらずをえないからである。

 私は2021年3月末に大学を退職する。退職後も技術面での関わりだけでなく、地域住民や釣り人たちの意識までを対象とした関わりを続けていきたいと考えている。大学で卒業研究のテーマを考えていた頃の願望-川に魚がのんびりたくさんいて、朗らかに釣りができる川を取り戻したい-をいまだに夢見ている。   

 富山で具体的なテーマの一つは、何といってもサクラマスである。サクラマスが川に溢れ、のんびり大らかにマス釣りに興じることのできる川を夢見るのである。皆様方にも応援していただければ幸いである。

引用・参考文献
 [1] Itakura H., Miyake Y., Kitagawa T., Sato T., and Kimura S. 2021 Large contribution of pulsed subsidies to a predatory fish inhabiting large stream channels, Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences Vol.78, No.2, pp.144-153
 [2] 伊藤一十三・水野雅光・斉藤重人・高比良光治 2005 魚がのぼりやすい川づくりについて リバーフロント研究所報告 第16号 pp.66-72
[3] 太田猛彦・高橋剛一郎 編 1999 渓流生態砂防学 東京大学出版会 p.256 多自然型川づくりレビュー委員会 2006 多自然川づくりへの展開 (これからの川づくりの目指すべき方向性と推進のための施策)2021年3月29日確認

 シリーズ「とやまの土木」は今回で最終回となります。2年間にわたり寄稿を担当いただきました富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科の先生方に厚くお礼申し上げます。(編集部)

たかはし・ごういちろう 
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科教授。富山県黒部市出身。大学では農学部林学科砂防工学研究室に所属し、砂防工学、森林科学などを学ぶ。1983年富山県立技術短期大学農林土木科助手となり、2009年富山県立大学工学部環境工学科准教授を経て現職。砂防工事などの防災工事と自然環境の保全の調和を目指した工種・工法の研究を主たるテーマとする。農学博士。