とやまの土木―過去・現在・未来 (52・完) 土木における河川環境の保全(下)

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科教授 高橋剛一郎

(「土木における河川環境の保全(上)」こちら

国主導の河川環境改善事業

 河川における土木工事に関して、施工者側(の一部)が環境保全に意識を持ち始めたのが1980年代で、90年代に入って河川工事の発注者である行政に姿勢の変化が出てきたことを述べた。この変化はまずは理念レベルのものであった。実際の現場ではどのようにこの変化が伝搬していったのか。そして実際にはどのような変化が起こったのだろうか。

 建設省(現国土交通省)サイドの動きとしては、1990年に河川局の打ち出した通達「『多自然型川づくり』」の推進」が大きな影響を与えた。これは主に河川改修に焦点を当てた提言で、平面形状、横断形状といった河道の形と水際の処理についての指針を出したものである。翌1991年には同省は「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」実施要領を発表した。ダムによる魚の移動障害を緩和するための施策である。

 建設省の管轄では水を対象とする河川事業とは別に、土砂災害を防止するための砂防事業も行っているが、砂防については渓流再生事業を1996に開始した。文字通り渓流環境を再生させるための事業である。

 「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」は堰、床止、ダム等の河川横断施設について魚道の設置・改善等の魚類の遡上環境の改善を計画的、試行的に推進するものである。2004年度でモデル事業を終え、2005年度以降全国に展開された。

 モデル事業では全部で19河川が選ばれた。近隣では長良川や信濃川が選ばれたが、富山県の河川は指定されなかった。この事業の評価(伊藤ほか 2005)によれば、モデル河川(全20河川)の要改善施設総数830に対し、2004年3月時点では228施設(27.5%)が改善された。

 建設省、国土交通省直轄の事業において魚道の整備や技術開発を主導的に行ったことによって魚道に対しての意識の向上や技術改良に進展があり、モデル河川全体の魚の遡上可能距離が河川長全体の延長3,575kmに対し35%であったものが19.2%増加して1,935。1km(54.1%)に伸びた。事業実施を通じ、技術面での改良が進んだ面があり、また建設省、国交省以外の省庁や都道府県における魚道整備に影響を与えたことは間違いなく、モデル事業の効果はあったと言える。

 しかし、本連載の魚道の項で述べたように、全体的に見て現時点でも効果の上がっている魚道は多くない。富山県における主要な(であった)サクラマス遡上河川である神通川と庄川を見ても、魚類の遡上可能距離を回復できていないのが実態である。

「多自然型川づくり」事業の評価

 魚道が移動の障害を無くすことが主題であるのに対し、生物の生息環境としての河川の場を問題にするのが「多自然型川づくり」である。実施要領によれば、「多自然型川づくり」として河川が本来有している生物の良好な成育環境に配慮し、あわせて美しい自然景観を保全あるいは創出する事業と規定し、良好な水辺空間の形成の円滑かつ積極的な推進を図ることを目的とするものとしている。

 河川改修計画策定にあたっての留意事項として、河道の平面形状については過度のショートカットを避け現在の河川が有している多様性に富んだ環境の保全に努めること、横断形状では上下流一律の川幅で計画することはできるだけ避け、可能なところでは広い川幅を取ること、また護岸工法については生物の良好な成育環境と自然景観の保全・創出に配慮した工法を選択することなどをうたっている。この通達は、建設省(当時)が所管する一級河川だけでなく都道府県が管理する二級河川や準用河川も対象としている。

 端的に言って、この通達はその時点における河川工法のあり方の常識に反する内容であった。現場の設計技術者は大いに戸惑っていた。当時の河川工学では河川環境に生物や生態系という要素はほとんど入っておらず、技術者は生物の生息に配慮した川の形をイメージできず、たとえそれを理解したとしても実現するための技術を持っていなかった。しかし、国・本省からの通達である以上、これに沿った計画を立て施工しなければならない。このような次第で、全国各地でともかくも多自然型を目指した川づくりが行われた。

 こうした状況であったこと、また実際に施工された河川工事の実態から、果たしてこの通達はその狙い通り生きものにの生息に適した川の姿を作り出すことができるか、各方面から懸念が示された。

 具体的な事例で見てみよう。
 写真1は、この通達の趣旨に沿って行われた富山県内の河川工事の現場である。ここは元々床固工と護岸が設置されていた場である。床固工とは河床の洗堀を防ぐ目的で設置される小型のダムである。護岸は川岸をコンクリートのような固い構造物で覆うものだが、急勾配に切り立った形状をしていた。そこを改修して写真の緩勾配にした。

写真1 環境に配慮したとみられる改修の例

 まず、床固工を多段に分割している。落差2m程度の屹立したコンクリート構造物ではなく落差をいくつにも分割したことによって景観的な配慮があると考えられる。さらに、落差を小さくしたことにより魚の遡上が可能になった可能性がある。本当に遡上可能か、またそれによる効果がどの程度かは精査が必要であるが、少なくとも可能性が拡大したことは間違いない。また、人が近づくことがためらわれるような急勾配の護岸が緩勾配にされ、さらに石張りにされることにより景観面での改善と人を含む動物の往来が可能になったという効果が認められる。

 しかし、これによって“河川が本来有している生物の良好な成育環境”がもたらされたかは大いに疑問がある。深い淵が形成されづらい河床の構造、植生の侵入しにくい河岸など、水生生物やそれを取り巻く河畔植生に対する生息場所保全が十分であるとは言えない。初見のときの感想を感覚的な言葉で表現すれば、水は流れてはいるが、豊かな植生が成立しないという比喩で、まるで不毛の砂漠のようだと感じた。

 このように問題が多々指摘されるが、多自然型川づくりの現状を検証し今後の多自然型川づくりの方向性について検討を行うため、国土交通省は2006年に9月に「『多自然型川づくり』レビュー委員会」を設けた。この事業がどのように総括されたかを報告書(多自然型川づくりレビュー委員会 2006)から拾ってみよう。

 通達以降、全国各地で1991年度から2002年度の12年間の多自然型川づくりの実績は約28,000箇所に及んだ。総括部分を引用すると、「多自然型川づくりの趣旨を踏まえたものとして評価されている事例がある一方で、画一的な標準横断形で計画したり、河床や水際を単調にすることにより、かえって河川環境の劣化が懸念されるような課題が残る川づくりも多く見られ、多自然型川づくりの成果は十分に満足きるものとなっていない」とのことであり、上述の懸念が現実のものと評価された。

 具体的に言えば、多自然型川づくりを実施する際に重要とされる施工前後の調査の実施がなされていないものが多かったり、河川激甚災害対策特別緊急事業等の事例では河道の横断計画において工事区間内を一律の標準横断形で施工している事例が全体の9割にも及ぶ、あるいは、7割近くの事例で事業区間のすべての河岸について護岸が施工され河道の自由な動きが規制されてしまっているなど、自然の営みに基づいた川づくりを進めるという多自然型川づくり考え方が現場に理解されていないとしている。まさに写真1についての指摘と一致している。年あたり数千億円レベルの事業が効果をあげていなかったということになる。