とやまの土木―過去・現在・未来(51) 環境水に含まれるエンドトキシンと災害時水利用のリスク制御

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 黒田 啓介
はじめに

 本コラム第30報(2020年4月17日)では、災害等により水道が断水したとき、生活用水の代替水源として地下水(井戸水)が有効と述べました。ここで「生活用水」とは、飲用以外の様々な用途のことです。普段は飲用に適する地下水であっても、災害時には水質が変化することがあるため、保健所で水質検査を受けるまでは飲み水には用いないことが推奨されています。

 では、飲用せずに生活用水として使用すれば、地下水の使用に健康上の問題はないのでしょうか? また、災害被災地では状況により河川水、湖沼水など、様々な環境水を生活用水に使わざるを得ないことがありますが、そのような場合はどうでしょうか? 今回は、様々な環境水を災害時の生活用水に使用する際のリスク因子の一つであるエンドトキシンについて紹介します。

エンドトキシンとは

 エンドトキシンは多くのグラム陰性菌や一部のシアノバクテリアの細胞膜の外側の層を構成するリポ多糖類(Lipopolysaccharides; LPS)の一部です。LPSはリピドA、コア多糖、O抗原からなり(図1)、リピドAがエンドトキシンに対する生体反応の原因物質と言われています[1]。

 エンドトキシンは細胞が溶解したり複製したりすると細胞から放出されます。グラム陰性菌やシアノバクテリアは自然環境中の様々な場所に存在するため、エンドトキシンも様々な場所に存在しますが、特に農地や森林等の土壌や、富栄養化が進んだ水中に多く存在します。

 エンドトキシンは内毒素とも呼ばれ、体内に入ると発熱、下痢、嘔吐、低血圧、呼吸器障害などの様々な症状を引き起こし、重篤な場合はショックによる血管内凝固等で死に至ることがあります[1]。

 ここで「体内に入る」とは、血液内に直接エンドトキシンが入る場合のことであり、呼吸器によってエンドトキシンを吸い込むこと(吸入摂取)がこれに該当します。一方、消化管を介した摂取(経口摂取)は特に健康上の問題はないとされます。

 このため、水の利用においては、エンドトキシンを含む水を飲むことは問題ありませんが、エンドトキシンを含む水を細かいしぶき(エアロゾル)として吸い込むと健康に影響する可能性があるということです。

 水中エンドトキシンによる健康被害は、1978年にフィンランドのタンペレ市で発生したBath-water feverと呼ばれる症例が有名で、住人1,000人のうち100人以上に肺活量低下などが見られました。原因は、グラム陰性菌に汚染された水道水(2,000–10,000 EU/mLのエンドトキシンを含む)を加湿器に使用することで、大量のエンドトキシンを含む蒸気を吸入したためと考えられています[2]。

図1 エンドトキシン(LPS)の模式図(文献[3]を改変)

 エンドトキシンの活性はEU(エンドトキシンユニット)で表されます。人の体温が1.9℃上昇するのに必要なエンドトキシンの量は、静脈投与量にして10–100 EU/kg体重とされています[1]。1 EUはおよそ0.1 ng [4]であり、微量のエンドトキシンでも体内に入ると健康に影響するということがわかります。過去の研究例から、シャワーや加湿器の蒸気として吸入するエンドトキシンの無影響量は5,000 EUと評価されています[4]。

 エンドトキシンの測定にはライセート試薬を用いた比濁法が多く使われます[1]。この方法はカブトガニの体液抽出物がLPSの脂質部分と凝固する性質(図2)を利用したものです。医療用器具や医薬品類は体内にエンドトキシンが入らないよう、エンドトキシンに関する厳しい検査が行われています。これらの検査のために、年間何万匹ものカブトガニが「献血」しています[5]。

図2 ライセート試薬とエンドトキシンが反応し白濁した試料水

環境水のエンドトキシン濃度

 環境水中のエンドトキシンは世界中で測定例があります。下水処理水では、海外で最大12,500 EU/mL [6]、札幌の1カ所の下水処理場では1,490 EU/mLが報告されています[7]。河川水や湖沼水のエンドトキシン濃度は、多くの場合で数十から数百EU/mL程度ですが、藻類の繁茂や家畜排水の影響を受けると下水処理水を超える最大380,000 EU/mLものエンドトキシン濃度が報告されています[8]。

 地下水においては研究が少ないものの、河川水より低い1–30 EU/mL程度です[9,10]。水道水中濃度は0.075–600 EU/mL[10]と幅が大きいですが、日本での報告値は5.6–27 EU/mLです[11–13]。

水中のエンドトキシン吸入による健康リスク

 前述の通り、エンドトキシンの経口摂取は問題ありませんが、吸入による摂取は健康に影響することがあります。では、災害時に環境水を生活用水として使用する場合、水に含まれるエンドトキシンを吸入することによる健康影響はあるのでしょうか?

 災害時において水を吸入する場面には、シャワーや洗浄作業が挙げられますが、環境水を使用する場合は後者の洗浄作業が考えられます。特に、災害被災地では高圧洗浄機を用いて家屋や家財道具を洗浄する場合が多く見られます。高圧洗浄作業はエアロゾルが多く発生するので、吸入する量もそれなりの量になる可能性があります。

 ここで過去の研究を一つ紹介しましょう。
 Barkerらは、下水再生水を用いて高圧洗浄機で洗車をする際に発生するエアロゾルを吸入した場合のエンドトキシン摂取量を推定しました[14]。水中エンドトキシン濃度が2,000 EU/mLの場合、10分間の洗車作業では健康上問題ありませんが、6時間の洗車作業では曝露量の95パーセンタイル値が35,250 EUと上記の無影響量5,000 EUを大きく超えたため、職業的に長時間の洗車を行う場合にエンドトキシンによる健康リスクが高いと考えられました。

 この推定結果をもとに、災害時に環境水で洗浄作業を行う場合のエンドトキシン吸入摂取量を考えてみましょう。

 水道水や地下水を用いる場合、エンドトキシン濃度を20 EU/mL(上記の下水再生水の100分の1)とすると、6時間の作業でもエンドトキシン吸入量の95パーセンタイル値は約350 EUと、無影響量(5,000 EU)を大きく下回るため、エンドトキシン摂取のリスクは問題ないといえるでしょう。

 一方、よりエンドトキシン濃度の高い、河川水や湖沼水を用いる場合、長時間の作業は避け、作業中はマスクを着用するなど、エアロゾルの吸入を低減する必要があるかもしれません。

おわりに

 今回は環境水中のエンドトキシンについて紹介し、環境水を用いた洗浄作業に伴うエンドトキシンの吸入による健康リスクについて予察的に検討しました。環境水にはエンドトキシン以外にも病原微生物をはじめとした様々なリスク因子が含まれ、特に河川水や湖沼水を未処理のまま利用する際には注意が必要です。本コラム30報にも述べたとおり、環境水の中でも比較的清浄な地下水は水質の観点からも水道断水時の有効な代替水源と言えるでしょう。

参考文献
[1] Anderson et al (2002) Can J Microbiol 48 (7) 567–587.
[2] Muittari et al (1980) Lancet, 316 (8185) 89.
[3] Whittington et al (2003) Proc Natl Acad Sci USA 100 (14) 8146–8150.
[4] Anderson et al (2007) J Water Health 5 (4) 553–572.
[5] https://www.excite.co.jp/news/article/Karapaia_52180526/
[6] Jorgensen et al (1976) Appl Environ Microbiol 32 (3) 347–351.
[7] Guizani et al (2016) J Water Resource Prot 8, 855–864.
[8] Rapala et al (2002) Water Res 36 (10) 2627–2635.
[9] Gerba and Goyal (1981) The Water Environ 303–314.
[10] Korsholm and Sogaard (1988) Water Res 22 (6) 783–788.
[11] 大河内ほか (2007) 環境工学研究論文集 44, 247–254.
[12] 大西 (2010) 日本食品微生物学会雑誌 27 (3) 141–145.
[13] 筆者らによる測定結果.
[14] Barker et al (2017) Microb Risk Anal 5 65–70.

くろだ・けいすけ

宮城県出身。東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻博士後期課程修了。スイス連邦水科学技術研究所(Eawag)、(国研)国立環境研究所を経て現職。専門は水質工学、地下水汚染、環境動態解析など。