現地報告・英国のコロナ事情(6) ロックダウン下の教育-学校再開を待ち望むのは父親-
在ロンドン マークス寿子
政府は四方八方からロックダウン解除を迫られている。確かに無理もないことである。冬の間ほとんど、人々は家族(一緒に住んでいない)、親族、友人たちと会って一緒におしゃべりをしたり、食事をすることも禁じられてきた。店はどこでも長い間閉鎖されたまま、大学生も大学の授業や寮は閉鎖され、俳優や音楽家も演技や演奏をすることができなかった。
今、人々はいつになったら元の生活に戻って、ホリデーの予約をしたり、パーティを計画したりできるのかと、イライラして待っている。感染者数は4分の1以下となり、死者の数も3分の1以下になった。しかし、入院している患者数はそれほどには減っていない。
ワクチンに関しては1,500万人、英国の成年人数の4人に1人が接種を受けた。それでも、まだ感染のレートが高い間は、うっかりするとすぐにまた病院は患者で溢れると考えられている。入院者数は2020年の第一次ロックダウンの頃の学校開始時まで下がっていない。
政府は2月22日に今後のロックダウン解除の道筋―一挙の解除ではなくてどこから制限を緩めていくか考えると言っている。しかし、学校に関しては3月8日を再開の日とはっきり決めているようだ。子供たちの教育と親や家族への重圧を考えると、再開をそれ以上遅らせることはできないという考えからである。
失われた教育を取り戻すには
2020年に学校は夏の最後の1、2週間と秋学期の3カ月足らずしか生徒を受け入れなかった。それは仮に2021年に1日も欠けなかったにしても追いつけるという問題ではない。この1年をほとんど教育を受けることなく過ごした16歳以下の子供たちをロスト・ジェネレーションとかCovidジェネレーションとか呼ぶ人がいて、そういう名前を付けることで子供たちをかえって歪めると批判されているが、その実、失われた教育を取り戻すには何年もかかる。
教育関係者はどうやって失われた教育を取り戻すかを考えているが、学校教育に関して言えば、
1.一日の授業時間を増やす。
2.ホリデーを減らす。
3.学期の割り振りを変更する。
いずれの場合も英国の公立学校の基本であるからそれを説明しなければならないが、ごく簡単にやってみよう。
1は文字どおり、これまで2時に終了した授業を4時までできることにする。2はこの国の長い夏休みを短縮して、つまり8週間の休みを6週間にする。3はこれまでの3学期制を5学期制にする。そして3学期制は中間に1週間の休みがあったのを、5学期の場合は休みなしとする。
これらのアイデアはいずれもその主役を務める“先生”の同意がなければ実現しないが、アイデアの良し悪しよりも、まず教員組合の同意がなければならない。そして、教員組合はいずれの場合にも先生の給与の引き上げを要求する。1日の授業時間を増やすことについては、先生が授業をしなくても、ボランティアが十分カバーできると考えられている。
夏休みの短縮は、もう今年には間に合わない。いずれにしても学校を再開して、秋にならなければ生徒の学業の遅れがどのくらいのものかは正確に判断できない。5学期制にして中間休みをなくすなどの変更は教育の基盤の変更になるから、先生たちからの反対だけでなく親たちからも反対があると思われる。実際、このような変更は先生たちの雇用条件に関わる法律問題にもなる。
このようなアイデアとしての教育問題よりももっと直接に頭を悩ませることは、今や公立学校でも学校間の格差が拡大していることである。パンデミックがもたらしたのは、学校閉鎖による貧困層の子供たちの学業の遅れがミドルクラスの子供たちよりはるかに大きいということである。
はっきり言えば、ラップトップやiPadのない子供たちは熱心な先生からのオンライン授業を受けることもできないし、オンラインでなされる子供たちのためのゲームを通じて知識を得ることもできないということである(目下ある新聞が中心となって子供たちにラップトップを贈る資金集めをやっていて成功していると聞いている)。
学校から離れてロックダウン中の子供の問題を考えてみると、さらに多くの問題が出て来る。そして学校とは子供の学業、知識や考える能力を養うことだけでなく、学校で仲間と遊び、争い、仲間を作ったり、仲間外れになったりする、そのようなこと全てが子供の社会性を養っていたことが分かる。さらに、英国の学校がスポーツに力を注ぐことは、それなしでは人間性の涵養ができないと考えるからである。
サッカーやラグビーなどの団体競技は子供たちに競争や協力などという大人になって必要とされるものを育ててくれる。ロックダウンはそんな子供に大切なものを切り捨ててしまうのだ。家の中に家族とだけいなければならない子供たちは自分の感情や力を発揮する場所を失い、ダラダラして過ごすか、あるいは理由なく乱暴になるか、いずれにしても精神的に影響を受ける。
燃え尽き症候群の父親たち
最後に、ある意味では最も大事なのは「親の負担」である。ジョンソン首相は全ての親に公開の手紙を発表した。その中で彼は言っている。
「何百万人もの親が自分の在宅勤務をしながらホーム・スクーリングの重さに耐えている。そして、子供たちが朝から夜まで要求するものを与える努力をしている。そしてそんな親たちの仕事は子供たちのため、社会全体のため重要である。なぜなら、それによって恐るべきウイルスをコントロールし、ワクチン接種の時間を作り、私たちの生活が元のようになり、みんなの命が救われるようになる。私はあなた方にいくら感謝してもしきれない」
こんなに感謝される“親たち”が、実は3月8日には必ず学校を再開してくれと頼む第一人者である。親の苦労は父親母親共にであるが、それを日記にしたり、精神科の医者に訴えたりしているのは主として父親である。共働きは英国では普通だが(であるが)、母親はそれでも普段から子供の面倒を見ている。主として食事や衣服洗濯などの仕事も子供が家にいると多くはなるが、問題はスクリーングで、これはどうやら父親の役回りらしい。
“Burnout”いう症状になるのは父親である。消耗とか、燃え尽き症候群と言っていいだろうか。父親たちの多くが、この症状になるのは自分の仕事(在宅での)と子供たちの勉強の世話とで、1日15時間以上働くという。こんな親たちは中産階級以上の、裕福で自分の教育程度も高く、完全主義者に多いという。子供たちが貰うオンラインの宿題の回答を出そうと努力している傍で、子供自身は親をからかったり、子供が2人以上ならば取っ組み合いをしたり、挙句の果てには親を馬鹿にしたりする。
苦労して子供のために勉強して、良い点数を取ろうとして一日の大半を過ごし子供が寝てから自分の仕事をして疲れ切ってしまう。そんな親が増えているという。そこから逃げ出したくなっても、それはできない。自分の辛さを他人に訴えるには気位が高いか、恥ずかしいかどちらかで、気持ちのはけ口がない。最後には子供に乱暴な言葉を使うか、本当に乱暴するかのどちらかになることもあるという。
ジョンソン首相が感謝するのも無理はない。そんな親たちはただひたすら学校が再開して子供たちが学校へ行き、子供と会うのは夕飯の時だけとなることを願っている。