揺らぐサムスン共和国:過当競争に突入する サムスンバイオロジクス

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2018年8月、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長は、4大未来成長産業(3年間に25兆ウォンの投資金額)を発表した。4大未来成長産業としては、AI(人工知能)、5G(第5世代移動通信システム)、電装部品、そしてバイオの4分野を掲げた。

 これまでサムスンバイオロジクス(以下バイオロジクスと略)のライバルは、ベーリンガーインゲルハイム(ドイツ:30万リットル生産設備を保有)、ロンザ(スイス:26万リットルの動物細胞培養設備を保有)など欧州企業と最近台頭しつつある中国企業であったが、足元の韓国内での主導権争いが浮上している。

 その筆頭がバイオシミラー(複製薬)生産企業である韓国・セルトリオン(2002年設立、2020年9月現在雇用人員1,074名)である。同社は、バイオロジクス(2011年設立、同雇用人員2,884名)が発表した投資計画を追うように、昨年末、大規模投資計画を明らかにするなど、積極経営に転じている。

 セルトリオンは、2023年竣工する3工場6万リットルに続き、4工場は20万リットル規模を計画しており、海外工場の生産能力15万リットルを含めると、2030年の生産能力は60万リットルに達する。

 一方のバイオロジクスは後発企業であったが、2017年には3工場の18万リットル規模を竣工し、2020年に約7,800億ウォン投じた4工場は25万6,000リットルと世界最大規模である。4工場が竣工する2023年には62万リットルの生産能力を手にする(図表①)。

図表① サムスンバイオロジクスとセルトリオンの比較
資料 : 現地報道(2021年2月10日)などより作成。

 現段階で両社が発表した投資規模は、バイオロジクスが25万6千リットルの工場のみで1兆7400億ウォン、セルトリオンが6万リットルの5,000億ウォンとしているが、セルトリオンが2030年竣工を計画している20万リットルの投資額はこれには含まれていない。いずれにしても、10年後には両社の生産能力は拮抗し、規模の経済を活用した大量生産による低コスト競争に突入するとみられている。

 今日、世界の製薬会社は医薬品の研究開発やマーケティングに集中・特化しており、生産を戦略的かつ効率的とするために生まれてきたのが、両社のような受託生産というアウトソーシング・ビジネスである。

 セルトリオンは業績を順調に伸ばし、コロナ治療薬の開発にも積極的に取り組んでいる。昨年の売上高及び営業利益の推定額はそれぞれ1兆8,687億ウォン、7,640億ウォンであり、売上高営業利益率は40.9%に達する。この高収益は韓国内のバイオシミラー企業の中でトップであることは勿論、韓国を代表する製薬会社・柳韓洋行の売り上げにおいても昨年抜き、1位になったと見られる。

図表② サムスンバイオロジクスの売上高及び営業利益の推移
資料 : 連結財務諸表暫定実績(2021.1.26)及び各年版より作成

 一方バイオロジクスの直近の売上高と営業利益をみると、昨年の売上高が1兆1,648億ウォン、営業利益が2,928億ウォンであり、売上高営業利益率が前年の13.1%から25.1%に跳ね上がっている(図表②)。実に売上高は前年比66%増、営業利益は219%増となった。

 収益性で先行するセルトリオンをバイオロジクスが追いかける構図である。両社ともにコロナ治療剤の委託生産拡大で、工場の稼働率が大幅に上昇しており、収益の向上に寄与している。特にバイオロジクスの場合、2020年4月に英国グラクソ・スミスクライン(GSK)とコロナ抗体治療剤の生産契約を締結し、翌5月にも、コロナ禍により生産に支障をきたしていた世界第9位のイーライリリー・アンド・カンパニー(本社:米国インディアナ州インディアナポリス)から大量の委託生産を受注したことが、売り上げと収益に大きく貢献した。

 2020年12月、新任のリム社長は、バイオロジックスの短期的な目標として、CMO(委託生産)事業では先行投資により工場増設を推進することで、既存の事業領域であるバイオ医薬品生産能力で業界No.1を維持し、中長期的には新たな事業領域としてCDO(委託開発)、CRO(委託研究)などバイオ医薬品の開発力においても、世界最高水準にまで引き上げる戦略であることを明らかにした。

 さらに成長戦略の一環として、海外進出計画も発表した。昨年、サンフランシスコに医薬品委託開発(CDO)研究開発(R&D)センターを開設し、今後ボストン、欧州・中国などにも順次進出する計画である。

 バイオロジックスは、これまでの豊富な投資資金に頼る規模の経済を重視した戦略から、技術力の向上に軸足を移していく方針に転換することで、過当競争というレッドオーシャンから脱して、ブルーオーシャンへの道を模索している。