とやまの土木―過去・現在・未来(49) 富山での流域治水に向けて

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 呉 修一

 2020年12月17日号(45報)では氷見市のイタセンパラをとりあげ、2021年1月17日号(47報)では氷見市のオニバスをトピックであげるなど、河川生態系に関連する話題が続いた。しかし、それ以前の記事を確認いただければわかるが私の専門は河川工学であり、特に洪水災害に特化した研究を進めている。本報では昨今よく聞くことの多い「流域治水」について取り上げてみたいと思う。何故、今からは流域治水なのか? 流域治水とは何か? 富山ではどんなオプションが可能か?などを考えてみたいと思う。

昨今の豪雨災害の特徴

 日本の河川災害への対応は転換期を迎えた。従来までの河川整備では対応が難しい、治水計画規模を超過するような豪雨・洪水氾濫等の河川災害が頻発したためである。2018年7月の西日本豪雨では、死者・行方不明が230名以上と平成以降で最悪の被害が生じた。2019年10月に発生した東日本台風では、広域での豪雨災害となり、例えば長野県の千曲川で甚大な堤防決壊被害が生じた。

 東日本台風ではゲリラ豪雨や線状降水帯とは異なり、流域全体に強降雨が観測され流域のいたるところで被害が生じる「流域型洪水」が着目された。また、2020年7月にも熊本県の球磨川で河道の流下能力を大幅に超えるような大規模な洪水氾濫が生じた。このように、昨今の洪水氾濫の甚大化は、流域型洪水などをはじめ河川の流下能力を上回る規模で生じるため堤防などのハード面のみで防ぐことは困難であり、発災すれば極めて大きな被害となりえる。高頻度災害である洪水氾濫や土砂災害は毎年のように生じ、今後も地球温暖化等の影響により規模・頻度の更なる増加が懸念されている。

 このように今後の河川災害への対応は、河川整備などによるハード面の治水のみの対応ではなく「流域治水」で立ち向かうことが、上記した2018年西日本豪雨、2019年東日本台風、2020年7月の豪雨災害などを経て決定された。それでは流域治水とはいったい何なのであろうか?

流域治水とは?

 超過洪水などに対応するため、今後は着実に河川整備を推進するとともに、「流域治水」へと転換することが、2020年1月には土木学会から、同年7月には国土交通省から提言された。「流域治水」への転換では、集水域や河川区間のみではなく氾濫域も含め一つの流域として捉え対策を考えること、また、河川、下水道、砂防、海岸等の管理者のみならず、流域の関係者全員が協働して、(1)氾濫をできるだけ防ぐ対策、(2)被害対象を減少させるための対策、(3)被害の軽減、早期復旧・復興のための対策、を総合的かつ多層的に取り組むことが提言された1

 これは、昨今の水害をハード対策のみで防ぐことは不可能であり、ハード対策とソフト対策のハイブリッドで各行政および国民全体が総力戦で挑む必要があるということである。まさに流域内での各組織、被害、対策の共助である。流域治水の各オプションのわかりやすい事例として、埼玉から東京を流れる荒川で実施可能性があるオプションを上流から図化したものを図-1に示す。

図-1 流域治水って何だろう?2)
国土交通省 荒川下流河川事務所 新河岸川流域しんぶん里川 Vol.93より抜粋https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000791904.pdf

 これは国土交通省荒川下流河川事務所の発信情報2より転載させていただいたものだが、大変素晴らしい取り組みである。このイラストからわかるよう、治水・利水ダムの有効運用から防災集団移転、田んぼ・ため池ダム、水害BCP(事業継続計画)など多岐にわたるオプションが用意されている。このようなイメージしやすい図を富山県でも早急に作成すべきであろう。

 では、富山ではどのようなことが可能なのであろうか? またどのような効果が期待されるのであろうか? それを以下では議論してみたい。

今後、富山でどのような流域治水のオプションが可能か?

 上流のダムや堰の取り組みから見てみると、砂防堰堤に関して富山は従来から精力的に取り組んでいるものであり、今後も更なる有効利活用を模索していただきたい。また治水ダムの整備は利賀ダムの早期の完成が庄川の洪水低減に寄与する3ため、急ぎ進めてほしい。重要なのは富山県内に多数存在する利水ダムの有効運用である。この点に関しては本学の手計太一准教授が中心となった神通川水系を対象とした研究プロジェクトが発足する4)。これらの研究成果に大いに期待したい。

 流域の土地を有効に活用する点では、田んぼ・ため池ダム、雨水貯留・浸透施設や調整池などが挙げられる。なかでも田んぼダムは富山の田んぼ占有面積率の高さから、日本の各県と比較しても高い効果が期待されることが東北大学の峠嘉哉先生らの環境省推進費S-18のプロジェクトでの初期解析より明らかとなっている。

 筆者も同プロジェクトに従事し、地球温暖化への適応、流域治水オプションの検討を行っているが、富山の河道内植生の伐採や浚渫、また田んぼダムの効果などを更に定量的に評価していく予定である。こちらも初期解析結果であるが、図-2に富山での河川内の植生伐採が温暖化での水位上昇をどの程度、抑えるかの結果を示す。

図-2 河道内の樹林伐採が温暖化での水位上昇を如何に抑制するか

 図に示されるように、多くの個所で温暖化による水位上昇を植生管理である程度抑えることに成功している。増加している個所もあるがこれらの上昇量はわずかであり、下げ幅のほうが全体的に大きい。これらも初期解析結果であり今後結果が大きく変わる可能性がある点は注意されたい。本解析は、富山県立大学の高橋岳君が卒業研究で実施してくれたものであり、就職先は流域治水で有名な滋賀県庁である。

 河川の堤防に関しては、粘り強い堤防の導入は予算面での制約がまだまだ高いと思われるが、富山の常願寺川の霞堤の効果検証など、今一度、既存の治水対策を定量的に評価し再整備することも大事になってくる。住民サイドは発信される防災情報の理解促進、マイタイムラインの作成など、自助の強化ももちろん大事となってくる。

 この際にハザードマップの更なる深化が必要であり、水平避難が必要な区域はどこなのか? これをしっかりと指定する必要がある5。また、水害リスクの高い地域に関しては、「災害危険区域」に加えて「浸水被害防止区域」などを指定し、公的補助に基づく防災集団移転を促進していくことも重要である。

流域治水を進めるために

 上記のような流域治水を進めるために最も大事なのは、流域内での各組織・個人の相互理解を進めることであろう。流域治水対策を行う実施者側と、洪水リスク低減を受ける受益者側とで思惑が異なることは大いに問題であり、その点の調整を如何に行うかが大事である。田んぼダムと一言でいうのは簡単であるが、浸水時間が増えると田んぼにダメージが生じる可能性があるのではないのか? この農家の心配に対して、どのように科学的に根拠を示し協力をお願いできるのか。これらの相互理解は流域治水や共助で最も大事な点と考える。

 研究・学術面では、流域治水を進めるにあたり、気象データの重要性が今後ますます高まってくるであろう。特に、利水・治水ダムからの貯留水の事前放流や早期の避難体制の強化では、降雨予測とそれに伴うリアルタイム浸水・堤防決壊把握などが極めて重要となってくる。

 ダムからの事前放流は、筆者は学生時代から中央大学の山田正教授のもと多くの研究6,7を行ってきているが、ダムのゲート操作には多くの作業や制約があり、降雨の予測情報を用い十分なリードタイムを得ることが重要となる。よって、降雨の予測データとそれを用いた洪水予測手法の改善とオペレーショナルでの利用促進、結果の避難行動やダムのゲート操作への直結方法の検討などが必要となってくる。

 そのためにも領域気象・洪水統合モデルを用いたアンサンブル予測や洪水モデルのモデルパラメータの同化手法の検討、など今後も多くのことに取り組む必要がある。例えば、領域気象モデルWRFを用いた富山での降雨の再現計算の一例を図-3に示す。これは2021年3月に本学を卒業し富山県庁に就職する京角和希君の卒業研究での解析結果であるが、過去の豪雨場と時系列を良好に再現しており、今後、富山でのアンサンブル降雨・洪水予測へと本技術の適用が本学の研究面で検証される。

図-3 領域気象モデルWRFを用いた富山での豪雨(2016年9月イベント)の再現計算結果
(上:降雨の空間分布、下:富山での領域平均雨量の時系列)

 このような予測雨量を用いたダムからの事前放流や、住民の事前の水平避難、これらの対策が流域治水では極めて重要となってくる。当研究室8では、今後も降雨・洪水予測手法の開発や流域治水オプションの検討などを精力的に行っていき、少しでも富山の防災や治水に貢献できるように尽力していきたい。この回で筆者の実業之富山Web版への執筆は終わりとなるが、執筆内容や研究に関して何かあれば、遠慮なくコンタクトしていただきたい。またこのような執筆の機会をいただけたことを実業之富山社の大野一氏、本学の高橋剛一郎先生に御礼申し上げたい。

参考文献
1) 国土交通省:流域治水の方向性https://www.mlit.go.jp/report/press/content/001352899.pdf (2021/2/28 閲覧)
2) 国土交通省荒川下流河川事務所:新河岸川流域しんぶん里川,Vol.93, 2020.12.https://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000791904.pdf (2021/2/28 閲覧)
3) 尾島由利香,呉修一,石川彰真,B. A. Priyambodoho,丸谷靖幸:庄川における降雨流出・洪水氾濫解析と可能最大洪水時の利賀ダムの影響評価,土木学会論文集G(環境), Vol.75, No.5, pp.I_281-I_287, 2019.
4) RISTEX:水力発電事業の好適地である神通川水系における流域治水に資する動的運用ルールの共創手法の構築https://www.jst.go.jp/ristex/solve/project/scenario/scenario20_okipj.html?fbclid=IwAR1mr4Hbchuz829Z-pA-TXCns5gttLjHK86wbgf3Oq3bASsVwAp-fSAOL8E (2021/2/28 閲覧)
5) 八木隆聖,呉修一:常願寺川および神通川における洪水氾濫解析とリスクランク評価による垂直・水平避難ゾーンの提案,土木学会論文集B1(水工学),Vol.76, No.2, pp.I_715-I_720, 2020.
6) 下坂将史,呉修一,戸谷英雄,山田正,吉川秀夫,既存ダム群の洪水調節機能向上のための新しい放流方法の提案,土木学会水工学論文集,Vol.52, pp.511-516,2008.
7) 下坂将史, 呉修一, 山田正, 吉川秀夫,既存ダム貯水池の洪水調節機能向上のための新しい放流方法の提案,土木学会論文集B, Vol.65, No.2, pp.106-122, 2009.
8) 河海工学研究室(呉研究室)HP: http://www.pu-toyama.com/  (2021/2/28 閲覧)

くれ・しゅういち 

東京都出身。中央大学大学院理工学研究科修了後、カリフォルニア大学デービス校、北海道大学、東北大学災害科学国際研究所を経て、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。水工学、防災学などを専門とする。