【県内中小企業の事業譲渡】事業継続のための選択肢としてM&Aも 引継ぎ支援センターへの相談件数、開設以来最多

  日本の人口は2008年の1億2,800万人をピークに減り続け、2055年には1億人を割り込みその後も減少、2065年には9,000万人を切ると推計されている(国立社会保障・人口問題研究所)。

 さらに高齢化の将来予想をまとめた「高齢社会白書」(内閣府、2020年6月)によれば2065年時点で全人口の38.4%が65歳以上となり、2019年時点の28.4%から10ポイントも増え、75歳以上(後期高齢者)に限れば14.7%から25.5%と、2倍近く増加すると推計している。全人口の4分の1が75歳以上となる計算だ。

 こうした高齢化の進行は国内雇用の7割を占める中小企業の経営者や個人事業者にとって大きな課題である。中小企業庁によると、2025年までに70歳を超える中小企業の経営者約245万人のうち、約半数の127万人が後継者未定となっており、その数は日本の企業全体の約3割にあたる。

 100万社を超える企業が後継者不足にあるなかで、このままの状況が続けば、廃業の急増で約650万人の雇用と約22兆円GDP(国内総生産)を失う可能性があると試算している。現実に、経営は黒字であっても後継者が見つからずに会社をたたまざるを得ない例も少なくなく地域経済にとって大きな損失になりかねない。

 国は中小企業の統合・再編を促進するためM&A(合併と買収)をはじめとする第三者承継を促すことを目指し、税制の新設や補助金の拡充など、さまざまな施策を打ち出している。

 M&Aの場合、地域金融機関や民間M&A仲介業者が取り扱うのは一定規模以上のM&Aが中心であり、小規模M&Aの場合、事業承継を望む売り手と買い手とのマッチングが難しい。

事業引継ぎ支援センターによる支援スキーム

 そうした中で注目を集めているのが、中小企業の経営資源の引継ぎを後押しする事業継承制度だ。国は2011年度から、後継者不在に悩む中小企業・小規模事業者に対して第三者への承継(引継ぎ)を支援するため、各都道府県に事業引継ぎ相談窓口及び事業引継ぎ支援センターを設置。現在47都道府県に48のセンターが置かれている。

 富山県では15年10月、富山県新世紀産業機構(富山市)内に開設され、様々な情報提供や事業相談に応じているほか、民間の支援機関への橋渡しや後継者不在の事業者と後継候補者のマッチング業務等も行っている。

 各都道府県の事業引継ぎ支援センターに寄せられる相談や成約件数は年々増えている。2019年度の全国の相談件数は1万1,514件、成約件数は1,176件でいずれも過去最多となり、2020年12月末では相談が8,567件、成約が1,033件で、19年度を上回る見通しだ。

 一方、富山県事業引継ぎ支援センターへの相談件数は19年度が134件、うち成約したのは20件だったが、20年12月末までの相談件数は110件、成約件数は22件と過去最高となった。成約件数の最多は東京の70件で、富山県内の成約件数は全国的にみても平均的な値(中小企業庁事業環境部財務課)だという。

 業種別の相談件数で最も多いのが製造業、次いで建設業、卸小売業。約20年前は親族に引き継ぐ親族内承継が8割を占めていたが、近年は第三者への承継(M&A)が増えている。ここでは県事業引継ぎ支援センターが扱う現在の状況と、一両年にわたる県内中小企業のM&Aを含む事業譲渡の具体例をまとめてみた。

FA設計製作のセイキ(魚津市)

 同社は1976年設立、自動車関連電子部品やFA設計製作を手掛けており、資本金1,160万円、従業員数130人。

 2021年2月1日付で、繊維製品大手の倉敷紡績(クラボウ、本社大阪市、本社社長藤田晴哉氏)に全株式を売却した。両社のM&Aは仲介会社を通じたもので、今回の株式譲渡によりセイキはクラボウのグループ会社となった。

 セイキの社名はそのまま残る形で、従業員130人の雇用も継続。田畑正宏セイキ前社長は顧問に就き、社長は森重潔クラボウ執行役員(産業機器事業担当)が兼務する。

 クラボウは1888年倉敷紡績所として現在の岡山県倉敷市で設立。繊維・化成品事業のほか、染色技術を発展させた色のセンシング技術を活用した検査・計測システム、工作機械事業なども手掛けている。FA設備の専門メーカーであるセイキをグループ会社に迎えることで、シナジー効果を発揮し、業容拡大を目指すとしている。  

金属加工の笹倉製作所(富山市)

 同社は1970年、笹倉勲氏が創業し、妻の加代子氏が社長として主に切削工具等の研磨・旋盤加工をメインとする金属加工会社。両氏とも70代を過ぎ、親族や従業員に後継者が見つからず、2021年1月、金型製造の名古屋特殊鋼(愛知県犬山市、社長鷲野敦司氏)に全株式を譲渡し、名古屋特殊鋼グループで精密冷間鍛造部品を製造する北陸精鍛(石川県かほく市)の子会社となった。県事業引継ぎ支援センターに相談、日本M&Aセンター(東京)が仲介した。

 「笹倉製作所」の名前は残り、社長には北陸精鍛の田中隆氏が兼任し従業員の雇用も継続されている。名古屋特殊鋼は部品事業のさらなる強化を狙う。

金型設計製作の信栄金型(南砺市)

 同社はプラスチック精密金型、ダイカスト金型などの設計・製作・修理を行っている。1964年創業、74年設立。3次元CAD/CAMシステム、マシニングセンタ、NCフライス等のコンピュータシステムを導入し、高級乗用車や新幹線車両のパーツといった高度な技術力が要求される金型を受注してきた。  

 2020年12月、合成樹脂強化基材製造・販売の中原化成品工業(大阪市、社長中本勝也氏)に会社を売却した。売却金額は5,000万円。信栄金型社長だった高瀬哲氏は「息子がまったく別の道に進んだことから、将来を見据えて取引先の中原化成品工業に事業を承継してもらった」という。

 中原化成品工業は1949年創業、樹脂の直圧成形を手掛ける。工作機械の工具を収納する容器「ツールポット」を主力とし、従業員数は200人、資本金は5,000万円。1997年福光に成型工場を置いて以来、第5工場まで増設し、ツールポット・チェーン組立工場を新設するなど、2020年4月までに総面積17,500平方メート(5,300坪)まで拡張してきた。 

 信栄金型の本社工場は「中原化成品工業福光工場金型部」となり、高瀬氏と従業員も同部に残った。今年1月末には新たなNC旋盤を導入。金型製造も社内で行う一貫生産体制構築で、競争力を強化する。

印刷会社のアヤト(小矢部市)

 同社は1954年綾藤博文堂印刷所として創業し、宣伝販促品や書籍定期刊行物など企画から印刷までを手掛けてきたが、後継者不在だった。

 2020年8月、同じ業種の印刷業、スキット(福井市、社長田村美津雄氏)に株式を売却し、完全子会社となった。 

県内地場証券の草分け頭川証券(高岡市)

 同社は2019年1月、証券ジャパン(本社東京、社長島田秀一氏)に株式を売却し、証券ジャパンの子会社となった。証券ジャパンは08年、旧丸和証券と旧ネットウィング証券の合併により発足した中堅証券会社。同業取引として市場との取引資格のない全国60社の証券会社の注文取次業務を行っており、頭川証券は取引先のひとつであった。

 12年2月に第三者割当増資で頭川証券の筆頭株主となっており、頭川信行前社長や創業家一族からの申し出により、株式を譲り受けた。頭川証券の名前で本店と2支店の営業も継続、社員28人の雇用と地域密着型の営業スタイルを維持している。

医薬品製造の新生薬品工業(上市町)

 2018年、日本ゼトック(東京、社長兼CEO神保貞夫氏)に全株式を売却して合併。現在は日本ゼトック「新生富山事業所」となった。

 日本ゼトックは、日本で初めて厚生労働省より新有効成分として承認された薬用ハイドロキシアパタイトを配合した歯磨「アパガード」などの高機能口腔ケア製品やスキンケア製品などを製造販売する。

ジェネリック医薬品卸の協栄薬品(富山市)

 同社は1962年創業、北陸3県を営業エリアとして主にジェネリック(後発)医薬品を扱い、売り上げ30億4,100万円規模の医薬品卸会社。

 2018年10月、東邦ホールディングス(東京、会長CEO濱田矩男氏)の完全子会社である東邦薬品に株式を売却し、同社の完全子会社となった。商号も「北陸東邦株式会社」に変更。新薬、東邦の顧客支援システムも本格的に扱うことで、北陸市場での販売力強化を狙う。

M&Aによる成長戦略

 このほか、自社の存続と成長の手段としてM&Aに積極的なケースもある。

 ビルメンテナンスを手掛けるホクタテ(富山市、社長滝野弘二氏)は2020年3月にビル管理・清掃請負のふきのとう(射水市南太閤山)、7月には電気設備工事のクリシマ(高岡市清水町)の全株式をそれぞれ取得し、完全子会社化。

 ふきのとうは資本金は600万円、従業員はパートを含む32人を抱え、売上高は1億円規模。ホクタテ同様、富山県内を営業エリアとしていたが、後継者を探していたという。
 またクリシマは資本金3,300万円、従業員数30人で、19年8月期の売上高が5億8,000万円。富山県美術館をはじめ、公共施設等の電気設備工事を数多く手がけてきたほか、照明やLED看板等のサイン工事にも強みを有する会社で、「クリシマ」の社名は変えず、ホクタテグループとして事業を継続している。

 建築資材・住宅設備事業を展開するサニーライブホールディングス(高岡市、社長兼グループCEO中村正治氏)は2016年、同社をホールディングス化して以後、新潟での営業基盤強化を図る目的で、18年9月に内装工事の内外商工(新潟市)、19年3月には建築資材卸売の阿部木材工業(同)をグループ傘下に収めた。同年11月には運送業の大尚運輸(富山市)も子会社化、業容を拡大している。

 従来、中小企業にとってM&Aはなじみが薄く、否定的に捉えられることも多かったが、「地方でも徐々にM&Aがツール(手段)として認識されてきた。1,000件台の事業承継成約件数を1桁も2桁も増やす努力をしていく」(中小企業庁事業環境部財務課)といい、「経営者の意識が徐々に変わりつつあり、第三者に引き継ぐことへの心理的な抵抗感よりも事業継続のための選択肢として検討する企業も増える傾向にある」(富山県新世紀産業機構事業承継ネットワーク高木喜義事業承継コーディネーター)という。

 国は2020年度補正予算で中小企業向けにM&A契約の具体例や仲介手数料の目安をまとめた指針を策定。事業引継ぎ支援センターは、今春より業務範囲を拡充し、第三者承継に加え、親族内承継支援を行う事業承継ネットワークを統合、事業承継診断を実施するほか、事業承継する企業に設備投資・販路拡大の支援を行うことになっている。

 こうした国の支援計画が、日本経済の礎である中小企業にとって追い風となり、地⽅経済の再⽣や持続的な発展に向けた成果を生み出すためには、地域金融機関が資金繰り支援にとどまらない役割を果たすことも欠かせない。