揺らぐサムスン共和国:真価を問われる李在鎔副会長とサムスングループ

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 2020年10月25日、韓国サムスングループの2代目、李健熙(イ・ゴンヒ)会長が死去した。半導体、スマートフォン事業を成功に導いたトップダウンの経営判断は、今や語り草となっている。

 一方で経営近代化とは程遠い脱法行為が横行した。政権への賄賂や政治資金を贈ることで、相続税をほぼ払うことなく、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長へ莫大な資金が渡るとともに、経営権がスムースに継承され、系列会社に対する一族支配も堅持された。

抱える3つの大きな問題

 現在、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長のサムスングループが抱えている問題は、大きく3つある。

 まず第1の問題は、李在鎔副会長の司法リスクである。具体的には2013年12月、エバーランドと第一毛織が合併し、翌年7月にエバーランドは第一毛織と社名を変更した。第一毛織がグループのコントロールタワーとなり、エバーランドの筆頭株主であった李副会長がそのまま第一毛織の筆頭株主に治まった。2014年12月に第一毛織が証券市場に上場され、李在鎔副会長の株式資産は801億ウォンから3兆5,447億ウォンと44倍も膨れ上がった。

 さらにサムスン物産と第一毛織の合併が計画され、2015年7月、サムスン物産と第一毛織は1:0.35割合で合併した。両社の合併で李副会長がサムスン物産により多くの持分を持つために、筆頭株主である第一毛織の価値を意図的と思われる手段で引き上げられた。

 その結果、サムスン物産との合併で第一毛織の価値を高く評価することで、第一毛織の最大株主であった李副会長は、合併後サムスン物産の筆頭株主となり、サムスン物産→三星生命→サムスン電子という構図が出来上がった。

 李副会長は、サムスン電子の株保有率がわずか0.7%に過ぎないが、グループのコントロールタワー機能を持つサムスン物産の株保有率が17.5%と最大株主(図表)となったことにより、サムスン電子に大きな影響力を与える立場になった。

長期化する裁判で問われ続ける李在鎔副会長とグループ

 一連の脱法行為とみられる不透明な手続きにより、李副会長に対して現在、経営権継承及び国政壟断事件の裁判などの司法リスクが大きく浮上している。年末恒例の役員人事は実行されたものの、長期化する裁判によって、李在鎔副会長及びサムスングループの真価が問われ続けることになろう。

 第2の問題は、故李会長が保有している系列会社4社(サムスン電子、サムスン生命、サムスン物産、サムスンSDS)の株式の価値だけでも22.1兆ウォン(約2兆1,200億円)に達することから、相続税が10兆ウォン(約9,300億円)以上と推算され、その資金をどのように調達するかである。

図表 サムスングループの支配構造(単位:%) 注 : 2020年6月末基準 
資料 : 金融監督院電子公示システム

 有力視されているのが、故李会長が保有していたサムスン電子株(4.2%)の約15兆ウォン(約1兆4,000億円)の売却か、あるいは約20%保有する三星生命株の売却である。

 李副会長が4代目への経営権継承は行わないと明言したことから、サムスン電子や三星生命の株を売却することで、相続税を支払うとの見方が有力である。

 ただ、オーナー一族が税金逃れに公益財団を活用してきた過去がある。サムスングループには、サムスン生命公益財団、サムスン福祉財団、サムスン文化財団、湖巖財団の4つの公益法人がある。相続する財産を公益法人に移し替えた場合、故李会長の資産は、相続税の課税対象から除かれる。財団を利用した相続は、韓国社会から集中砲火を浴びることになると思われ、この解決策が取られることはまずないであろう。

 第3の問題は、保険業法改正案(三星生命法)が施行された場合である。保険業法改正案が施行されることになれば、三星生命とサムスン火災が保有するサムスン電子持分のうち、総資産の3%を超える分をすべて売却しなければならない。この持分が売却されることになれば、20兆ウォン以上が株式市場に流れ込むことになる。

 同法の施行により、李副会長→サムスン物産→三星生命→サムスン電子という図式になっているオーナー一族の支配構造に激震が走る。保険業法の改正への対応として、李副会長は、三星生命のサムスン電子保有株を売却するとみられ、これにより一族オーナー支配という古い体質からの転機となる可能性はある。

 文政権が推進している経営権継承に対する制限と支配構造への規制に対応して、サムスン遵法監視委員会を設置するなど本腰を入れ始めたことで、オーナー家による支配体制が弱まり、専門経営者による近代経営へ体質改善を促すことになる。

 ただ韓国社会の財閥やその一族に対する価値観が急激に変化するとは考えにくく、李副会長時代は、経営近代化が緩やかに進み、専門経営者による最終意思決定が徐々に浸透していくのではないだろうか。