とやまの土木―過去・現在・未来(47) 富山県氷見市のオニバス

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 呉 修一

 私の前報(45報:2020年12月17日)では富山県氷見市のイタセンパラをとりあげた。今回は同じ氷見市のオニバスをトピックであげてみたい。オニバスと聞いて、私は最初、恥ずかしながら大型のブラックバスを想像してしまったが、漢字では「鬼蓮」と書く水生植物である。国指定の天然記念物ではあるが、指定地での自生は長いあいだ確認されておらず、絶滅も危惧されている。

 本報では、オニバスとは何なのか、減少要因は何か、今後どのような対策が必要なのかを簡単に紹介してみたいと思う。本格的な調査・解析の前であり、結果の図面などがない簡単な報告文となる点はご容赦いただきたい。

オニバスとは?

 オニバスはスイレン科に属し、池などの淡水中に種子から生える水草である。水中に生息し、発芽後1年以内に開花・結実・枯死する1年生の水草である。5月上旬頃から発芽し、7月頃に葉が直径1から2 m程度に成長する。葉の表裏や茎などは無数の棘で覆われており、8月上旬になると4-5 cmの赤紫色の花をつけ、9月上旬頃まで見ることができる1。オニバスは流れの緩やかな小川、湖沼、潟湖、溜池や用水路などに生育する2。図-1にオニバスの写真(氷見市HP3)を示す。

図-1 オニバスの写真(氷見市HP3)から引用)https://www.city.himi.toyama.jp/material/files/group/31/0920-0900108-903.jpg

オニバスの氷見市での生息状況

 オニバスは、日本からインドまでの東アジアに分布し、日本では日本海側は新潟県を、太平洋側は宮城県(現在は絶滅した)を北限とする関東から西日本を中心に分布する2,4。富山県では現在氷見市の十二町潟水郷公園内の十二町潟とオニバス池でオニバスの自生を確認することができる。

 昔はオニバスの植生地は多数あったものの、十二町潟のオニバスは巨大で、しかも生育数の多さでは他に例がないという理由により、「発生地」として国指定天然記念物となった1。図-2に現在のオニバスの自生地とオニバス発生地(天然記念物指定地)を示す。このように国の天然記念物指定地では、オニバスの自生が1979年以降に確認されていない3

 

オニバスの減少要因は?

 オニバスの減少原因を整理してみたいと思う。氷見市3では、1945年から1955年頃の客土のため、オニバス種子が多く沈む泥が掘り上げられたことが、オニバスの減少に繋がったとしている。もともとは万尾川など河川内にも存在したものが、浚渫により減少したようである。また、1968年の万尾川改修工事が旧指定地内のオニバスに大打撃を与えたとしている3

図-2 オニバスの自生地と国の天然記念物指定地(Google Earthに加筆)(右は拡大図)

 1979年から自生のオニバスが見られなくなるが、2005年に十二町潟でオニバス4株の自生が確認され、それ以降自生の確認が続いている。オニバスの種子は長期間休眠できるため、川底の泥が攪乱されたなどの要因により休眠種子が目覚めたと考えられている2。このオニバスの自生確認により富山県レッドデータブック5では、2002年に絶滅とされていたものが、2012年には絶滅危惧1類へと復活を果たしている。

 一般的な減少要因としては、物理環境、水質環境、捕食者の影響、他植物種との競合などが考えられる。香川県6によると、オニバスの生育環境として、水深が2m以下で、富栄養化があまり進んでいないこと、ヒシなどの水生植物が生育していること、草食性の水生動物がいないことなどを挙げている2

 氷見市へのヒアリングによると、捕食者として、アメリカザリガニ、アカミミガメ、鳥などに食べられるとのことである。図-3に、オニバスを捕食者から守るためのネットの設置状況を示す。これは近隣住民の善意によって行われているものだそうである。また、氷見市へのヒアリングによると、成長初期のオニバスの根は抜けやすく、早い流れが生じると簡単に流失するとのことである。十二町潟は水門で堰き止められて止水環境となっているが出水時は開放されるため、この際の流水状況などの水理環境とオニバス自生位置の関係を評価する必要がある。

図-3 オニバスの保護ネットの設置状況(2020年10月22日 筆者撮影)

今後、どのような対応が必要なのか?

 氷見市では令和2・3年度に、国指定天然記念物「十二町潟オニバス発生地」緊急調査事業を計画し、既に緊急調査などを開始している7。捕食者の生息状況調査、潟の底質・地形調査、ドローンによるヨシなどの分布調査などに既に取り組んでいる。

 また、氷見市では有識者からのヒアリングや他の地域の事例などの情報収集も行っている。私の研究室(河海工学研究室8)では、本事業に全面的に協力し、河川工学の観点からオニバス生息地周辺の流水環境をシミュレーションする。これにより、オニバスが発芽からの初期段階で流失しやすい個所が存在しないかなどを面的に評価することで、今後の対策工の検討・施工に向けてサポートを行っていく予定である。

 その他にも、今後の地球温暖化による気候危機が、オニバスの生息環境にどのような影響を与えるか、これらも定量的に評価し温暖化への適応が必要かを検討する必要がある。地球温暖化による水温上昇、水質悪化や洪水攪乱の増加に伴い、オニバスが影響を受けるのかどうかを影響評価する必要がある。

 以下はイタセンパラの報告文でも述べたが、全く同じことをオニバスでも記述させてもらう。氷見市教育委員会のオニバス保護活動へのサポートとして、教育研究機関、民間企業からの技術的な協力のみならず、県や中央省庁などからの支援、特に財政面での支援など、市・県・国全体での官民学の協力が必要である。そのためにも、オニバスの保護活動を通じて、環境、河川・水辺空間、生態系、文化・歴史、また固有の種を守り後世に継承する意義や教育効果など、今一度その価値を考える必要がある。

 今後、イタセンパラ観光なども氷見市で企画検討されており、イタセンパラとオニバスをセットで保護し、戦略的に広報していくことも大事となってくる。そのためには、富山県民にはもっとオニバスに興味を持ってもらい、皆で保護していくという気持ちが必要と考える。よって、今後はオニバスに関する調査解析を進めていき、少しでも多くの興味深い情報を発信できるよう尽力していきたい。

 なお本報の執筆にあたり、氷見市教育委員会の西尾正輝さんには現地の視察とヒアリング調査をさせて頂くなどご協力を頂いた。また、富山県立大学4年生の京角和希さん、3年生の青木明日香さん、大学院1年生の石川彰真さんには情報収集を担当頂いた。末尾ではあるが、この場を借りて御礼申し上げたい。

参考文献
1) 文化庁,富山県教育委員会,氷見市教育委員会:国指定天然記念物十二町潟オニバス発生地,十二町水郷公園のオニバス池に設置看板記載文章より抜粋.
2) 鈴木浩司:県立大における氷見産オニバス(富山県絶滅危惧I類)の栽培記録,富山県立大学紀要,Vol.30, pp.43-47, 2020.
3) 氷見市:十二町潟オニバス発生地(天然記念物),氷見市HP(2021/1/15閲覧)
4) 角野康朗:日本水草図鑑,文一総合出版,東京,1994.
5) 富山県:富山県の絶滅の恐れのある野生生物 -レッドデータブックとやま2012-,富山県生活環境文化部自然保護課,2012.(2021/1/15閲覧)
6) 香川県:オニバス保護管理マニュアル,1999.
7) 北日本新聞社:オニバス再生へ緊急調査 氷見の十二町潟水郷公園,Webun,(2021/1/15閲覧)
8) 河海工学研究室(呉研究室)HP (2021/1/15閲覧)

くれ・しゅういち 

東京都出身。中央大学大学院理工学研究科修了後、カリフォルニア大学デービス校、北海道大学、東北大学災害科学国際研究所を経て、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。水工学、防災学などを専門とする。