キルギスからの便り(16) スパスィーバ!!
在キルギス共和国 倉谷恵子
ぼんやり紅葉を眺めているうちに1年を振り返る時期になった。今年は強風が少なくいつまでも木々に赤い葉が残り続けているので、秋の終わりを実感しないまま冬を迎えたように思う。世界中の誰もが経験したことのない1年で、私自身も生まれて初めての体験ばかりだった。日本へ無事に帰国できたことに感謝するとともに再渡航の見通しが早く立つように祈ってやまない。
うつむいてばかりもいられないので、今年1年に起きた前向きな出来事を探そう。自分自身が成長したと思えることはあったろうか? 首をひねって考えると…2つあった。
ひとつはロシア語の筆記体を書けるようになったこと。そんな程度のこと、と言わないで欲しい。私にとっては大きな前進なのだ。
英語圏では活字体を書く人が多いが、ロシア語圏の人々の多くは筆記体を使う。活字体を書くのは小学1年生までの子どもだけだ。私はアルファベットを書く時はずっと活字体以外に使ったことがなく、キルギスでロシア語を書くときも「自分は外国人だから活字体でいいや」と思ってきた。しかし児童の名簿も書類も何もかも筆記体で書いてある文化の中にいると、少なくとも筆記体を読めるようにはなった方が良い。
ロシア語の活字体と筆記体はかなり字の形に違いがあり、英語のアルファベットからは想像もできないような音と文字の組み合わせである。しかも実際に現地の人々が書く筆記体は教科書に載っている美しい見本からかけ離れていて、読み取るのは至難の業という字も少なくない。そんな字を解読するには、やはり自らも手を動かして書いてみる必要がある。
そこで今春から日記の日付をロシア語の筆記体で書く練習を始め、ちょっとしたメモにも筆記体を使うように努めた。形が思うようにならないといちいち消しゴムで消して書き直すことが多いこと多いこと。字を見やすくきれいに書く義務感にかられるのは日本人だからか。そうこうしながらも半年後には筆記体を書くことにストレスを感じなくなり、今は使う頻度の低い大文字以外なら何とか普通に書ける。確かに筆記体を使い出すと、活字体では書く速度が遅いことがよく分かり、小学1年生がいきなり大人になった気分だ。
大人気分で見つけたふたつ目の自分の成長(と思われること)は、家族や友人に感謝の思いを深くしたことである。
新型コロナウイルスの流行初期にキルギスで非常事態宣言が下され、40日近く外出を禁じられ、その後チャーター便で無事帰国したてん末は以前に記した。キルギスを発つ際に現地の友人たちが別れを惜しみ再会を望んでくれて、日本に帰国した時には、家族と友人が温かく迎えてくれた。心に残る特別な言葉をかけられた訳でも感動的な場面があった訳でもない。それなのに彼らの存在を涙が出る程ありがたく感じた。「Спасибоスパスィーバ(ありがとう)」と何度でも言いたい。
友人はたくさん持たなくても、心から付き合える人が若干名いれば良いと言われるし、諍いが絶えなかったり会話もなく冷めた間柄の家族ならいない方がましという話もある。数(量)より質、ということだろう。
だが海外での軟禁状態で精神的に参りそうになった今回の経験で私は悟った。家族や友人は数でも質でもないと思う。数が多くても少なくても、相手を理解していてもしていなくても、いつも会っていてもいなくても構わない。同じ地球の上に互いを気にかける人が「存在する」だけでありがたいのだ。「またね」、「お帰り」と言ってくれる人がいる。そう思うだけで人は強くなれる。
「禍を転じて福と為す」。そう言える日がいつ来るのか分からない情勢だが、来年もまた12月に「自分が成長した(と思われる)こと」を見つけられるようにしたい。さてロシア語の筆記体を習得したならお次は何を…?日本語を極めるために書道でもやりましょうか!?
どうぞ皆さま良いお年を‼