とやまの土木―過去・現在・未来(41) 富山県の用水路転落事故-その原因と対策-(前編)

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 星川 圭介 

 富山県では用水路に転落して死亡する事故が過去10年間に年間20件程度発生しています。県内の交通事故死者数は年間50人前後で推移していますので、3分の1から半分程度ということになります(図1、図2)。体系的な調査などは行われていないのですが、NHKが独自に調べたところでは、全国的に見て高い水準のようです。

図1 平成21年から30年の転落死亡事故件数の推移
「富山県農業用水路安全対策ガイドライン」より

図2 富山県内における交通事故死者数の推移
「富山県交通事故白書 平成30年度版」より作成

 以前、岡山県で用水路死亡事故が相次いでいることが注目を集めました。岡山県の事故は道路に沿って流れる比較的規模の大きな水路に転落するというケースが多いのに対し、富山県の事故は比較的小規模な末端水路で大半の死亡事故が起きています(図3)。ここに富山県の用水路死亡事故の本質が表れているといえます。

図3 水路幅別死亡事故件数
「富山県農業用水路安全対策ガイドライン」より

なぜ末端水路?

 末端水路での死亡事故が多い理由は単純です。富山では人々が末端水路の近くで生活していて、それと意識せずに末端水路と接することも多いからです。結果として水路への転落事故が多く発生し、転落事故の際にたまたま悪条件が積み重なった結果として死亡事故に至っているものと考えられます。

 実際、県内で死亡事故が頻発している地域を対象に郵送アンケート(配布先数1,527、有効回答436通)を行った結果、世帯構成員の誰かが用水路に転落したことがあるという回答は81通(1通の中に複数の転落報告あり)に上り、そのほとんどは末端水路への転落でした。また、81通のうち記述から転落者が死亡したと推測される事例は2、3件に過ぎず、ここからも死亡事故の背後に多くの転落事故が発生していることが見て取れます。

 なぜ富山では人と末端水路との接点が多いのでしょうか。それは、富山における末端水路の長さと富山特有の居住形態と関係しています。

毛細血管としての末端水路
 農地の基盤整備が進んだ富山では、ほとんどの水田区画が用水路から直接水の供給を受けることができます。つまり、水田のある所には必ずその区画の間を網の目のように用水路が走っているわけです。富山県農村整備課の試算によれば富山県内の支線・末端水路の総延長は10,034km以上に上ります。富山県は農業県である上に、農地に占める水田率が90%以上と全国一高く、県内における末端水路の延長も必然的に長くなるのです。

水田の中に点在する住居
 砺波平野にみられるように、水田の中に家屋が点在する地域が多く、そうした場所では人が末端水路と隣り合って暮らしています(写真1)。ある程度住居が固まって集落を形成している場合は、集落内に限って水路に蓋がなされていることも多いのですが、水田の中に住居が点在する場合、家の敷地から道路に出る部分にだけ蓋がしてあるという例がほとんどです。アンケートに寄せられた転落事故発生箇所も、その多くが家屋などの建物周囲に集中しています(図4)。

写真1 砺波平野の散村
地理院地図 全国最新写真(シームレス)撮影期間:2009年4月撮影

図4 アンケートに寄せられた転落箇所(黄色の丸印)
ほとんどの転落事故が建物(灰色塗りつぶし)の周囲で発生していることがわかる。

末端水路の危険性

 小規模な水路「だから」危険というようなことが言われたりもしますが、それは必ずしも正確ではなく、転落が重大事故につながる可能性が高いのは大規模な水路であることは間違いありません。繰り返しますが、小規模な水路での死亡事故が多いのは、小規模な水路への転落件数が多いためです。

 ただし、小規模な水路の中でも転落した際に死亡に至る危険性が相対的に高い箇所があります。それは、流れが速い箇所や、流量が多い箇所です。

 急流河川の多い富山県は他県と比べて扇状地が発達しており、水田のかなりの部分は扇状地に広がっています。扇状地は谷底低地や沖積平野に比べて地形勾配が大きいため、用水路の流れも速くなりがちです。また扇状地の土壌は砂や礫を多く含んで水を通しやすく、水田の水はすぐ地面にしみこんでしまいます。それを補うために末端の用水路にも多くの水が流れています。 

写真2 転落時の状況を再現する模擬実験(等身大人形を使用)
転落者の体により水路が閉塞されて水位が上昇し、頭部が完全に水没している。もともとは浅い水路でも、流速が大きければこのようなことが起こりうる。
(写真提供:富山県土地改良事業団体連合会 竹沢良治氏)

 流れが速い、あるいは流量が多い場合、転落した際に体に高い水圧がかかり、身動きが取れなくなったり、流されたりする危険性が高くなります。また、水路の中で転倒した場合には、頭の上に水が覆いかぶさって溺れてしまうこともあり得ます。我々が事故現場で行った調査によれば、流速がおおむね毎秒1mを超えると転落した際に死亡に至る危険性が上昇するようです。

 このように、生活に身近な末端水路の中に相対的に危険な箇所が多いという特徴も、富山県における転落死亡事故発生件数を押し上げている一因なのです。

高齢者の割合が高いわけ

 ここまで富山県において転落死亡事故が発生する要因を水路側から見てきました。富山の用水路転落死亡事故のもう一つの特徴は、高齢者の割合が高いところにあります。最後に、転落者の属性や行動の点からも、用水路死亡事故の原因を探ってみましょう。

 上記のアンケートによれば、転落時にしていた行動として自転車や徒歩での移動(41%)と水路管理を含む農作業(28%)が多いことがわかりました。農作業に従事しているのは高齢者が多く、実際に農作業中に転落という回答も、そのほとんどが60代以上でした。このように農作業にかかわる転落者が多いことが、高齢者割合を高めている一つの要因かもしれません。

 加えて、アンケートからはさらに、転落時に高齢者が死亡に至りやすい要因も見えてきました。

図5 10代以下と60代以上の転落時の負傷状況

 図5は10代以下と60代以上の転落時の負傷状況を示しています。60代以上では半数以上が何らかの負傷をしており、頭部や頸部など生命に関わる箇所を負傷しているケースも少なくありません。実際の死亡事故でも頭部や頸部の損傷が死因となっていることもあります。また一時的にでも意識が薄れれば、溺死の危険性は高くなるでしょう。

 ちなみにアンケートでは10代以下の転落事例も非常に多く寄せられていますが、死亡事故の当事者となるケースはまれです(寄せられた回答の中では皆無)。過去に年少者が死亡した現場は、体格に比して大きい、あるいは流れの速い水路であり、小学校中学年以上が小規模な末端水路で死亡した事例は、我々が把握する限り発生していません。したがって過度に恐れる必要はありませんが、体格が未発達な幼児がいる場合には、落ちた場合に流されそうな、あるいは溺れそうな箇所が周囲にないかよく確認しておくことが肝要です。

 こうした事故の状況を踏まえ、行政も対応に動いています。次回はその対応を紹介しながら、自身や家族が事故に遭わないためにどうすればよいか、考えていきます。

ほしかわけいすけ

滋賀県出身。京都大学農学研究科卒業後、総合地球環境学研究所、京都大学東南アジア研究所、同地域研究統合情報センターを経て着任。空間情報解析および農業土木を専門とする。測量士。