とやまの土木―過去・現在・未来(40) コンクリートの非破壊試験-衝撃弾性波法のイノベーション
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 内田慎哉
これまでに、コンクリートの非破壊試験の一つである「衝撃弾性波法の理論と実際」、「衝撃弾性波法の更なるそして秘めたる可能性」について解説してきました。今回は、「秘めたる可能性」を具現化するために実施した試験装置の開発事例について、お話をさせて頂きます。
1.開発経緯
弾性波を利用した非破壊試験には、例えば、衝撃弾性波法1)や超音波法2)があります。表1に、衝撃弾性波法および超音波法で使用する入力・受信装置の概要・弾性波の性質・特徴を示します。

表1 衝撃弾性波法および超音波法で使用する入力・受信装置の概要・弾性波の性質・特徴
衝撃弾性波法は、測定が容易であり、入力する弾性波の波長が長く、エネルギーが大きいため減衰しにくく、実構造物での計測において良く利用されています。しかしながら、弾性波の入力にハンマや鋼球を使用するため、打撃する人により打撃力にばらつきがあり、またコンクリート表面が打撃により塑性変形、場合によっては表面の一部が破壊します。そのため、打撃による入力波形や得られる弾性波の指標のばらつきが大きくなります。
これに対して、超音波法は、探触子を電圧により駆動して弾性波を入力しているため、安定した弾性波を入力することが可能です。しかしながら、入力する弾性波の波長が短く、かつエネルギーも小さいため減衰しやすく、実構造物での測定実績は衝撃弾性波法と比較して少ないのが実状です。
衝撃弾性波法と超音波法のメリットをそれぞれ有する弾性波の入力装置を具現化できれば、再現性のある弾性波特性から、実構造物における内部欠陥や品質の評価へ適用が可能であり、評価結果の確からしさも向上する可能性が極めて高いと考えられます。
以上の背景から、微弱な電流で大きな歪みを生じさせることが可能な磁歪と水の非圧縮性流体としての特性に着眼し、まず、コンクリート中へ弾性波を入力することが可能な「ウォーターカップリング磁歪センサ」を開発しました。この装置の特徴を把握するとともに、コンクリートの弾性波伝搬速度を測定する方法について検討しました。以下はその詳細です。
2. ウォーターカップリング磁歪センサの概要
2.1 ウォーターカップリング磁歪センサの構成
図1に弾性波を入力するために開発したウォーターカップリング磁歪センサの外観を示します。また、図2に装置の寸法を示します。本装置は、磁歪現象を活用したものであり、水を発信子として駆動かつコンクリートとのカップリングに利用して、コンクリート中へ弾性波を入力するものです。

図1 ウォーターカップリング磁歪センサの外観および測定状況

図2 ウォーターカップリング磁歪センサの寸法
この装置は、水を貯めておくための「ウォーターチャンバー」、水を駆動するための「磁歪センサ」、磁歪センサの設置位置を微調整するための手動タイプの「xy軸ステージ」、装置をコンクリート表面に固定するための「吸着機構」の4つから構成されています。

図3 磁歪センサの概要
図3に磁歪センサの概要を示します。磁歪センサは、「強磁性体コア」と「導線」から構成されています。強磁性体コアは、厚さ0.35mmのコの字型のエレメントを51枚積層して製作しました。各エレメントの間はポリイミド樹脂により絶縁処理しています。積層したエレメント(強磁性体コア)の脚部には、直径1mmの導線を片脚あたり15ターン巻き付けています。
2.2 弾性波の入力の原理

図4 計測システムの概要
図4に計測システムの概要を示します。電流発生装置を用いて、強磁性体コアに巻き付けた導線に、印加電圧:150V、パルス幅:5µsの電流(ピーク値(絶対値):150mA)を流すと、強磁性体コアが磁化します。磁化する過程においいて、強磁性体の結晶は磁化方向に歪みます。この現象が磁歪です。強磁性体が歪むことにより、ウォーターチャンバー内にある非圧縮性流体の水が発信子として駆動し、コンクリート表面に衝撃を与えます。これによりコンクリート中へ弾性波が入力されます。
3. ウォーターカップリング磁歪センサの特徴
3.1 供試体概要

図5 供試体(磁歪センサ)および測定状況
図5に供試体の概要を示します。ウォーターカップリング磁歪センサにおける「磁歪センサ(強磁性体コアと導線から構成)」の部分が測定対象です。
3.2 測定方法
図5に測定状況を示します。パルス電流発生装置により導線に、印加電圧:150V、パルス幅:5µsの電流(ピーク値(絶対値):150mA)を流し、「強磁性体コア」の表面に貼り付けた加速度センサにより、磁歪現象により生じる振動の計測を行いました。加速度センサは、シアノアクリレートを主成分とした接着剤により「強磁性体コア」の表面に貼り付けています。使用した加速度センサの周波数応答(±3dB)は、0.2~20000Hzです。センサで受振した信号は、サンプリング時間間隔0.05µs、サンプリング数200000個でデジタル化した後、波形収集装置に電圧の時刻歴応答波形として記録しました。測定ごとのばらつきを把握するため、測定回数は10回に設定しています。
3.3 測定結果および考察

図6 受信波形の一例(磁歪センサ)
測定時にモニタリングした電流波形と加速度センサで受信した時刻歴波形を加速度に変換した振動波形の一例を図6にそれぞれ示します。
ここで、図6 (b)に示す加速度波形、すなわち、磁歪センサの振動波形に着目します。まず、縦軸の最大加速度は、約80Gと極めて大きい値になっていることが確認できます。一方、横軸の時間は、長時間(約1500µs)にわたって磁歪センサの振動が継続していることがわかります。
2.2で既に述べたとおり、導線に電流を流す(図6 (a)参照)と、強磁性体コアが磁化方向に歪みます。この現象が磁歪であり、これは瞬間的な現象です。磁歪現象が終了した後、磁化方向へ歪んだ強磁性体コアには、元の状態に戻ろうとする復元力が働きます。最大加速度約80Gで振動している強磁性コアが元の状態に戻るまでには、作用・反作用により、当然多くの時間が必要です。そのため、加速度波形の振動継続時間が長くなっています。

図7 受信波形波頭部の拡大図(磁歪センサ)
続いて、導線に電流を流し始めた時刻、磁歪現象により磁歪センサが振動を開始する時刻および両者の時刻の差(タイムラグ)の確認を行います。図7に、図6に示す各波形の立ち下がりあるいは立ち上がり時刻付近(波頭部)を拡大したものを示します。図より、電流波形の立ち下がり時刻から数µs経過した後に磁歪センサが振動していることが確認できます。
このタイムラグを算出するため、電流波形の立ち下がりおよび磁歪センサの振動波形の立ち上がり時刻を、前田らの既往の研究3)に基づき、以下の手順により求めることとしました。すなわち、まず、両者の波形を自己回帰モデルで表現します。続いて、それぞれに対して、赤池情報量規準(Akaike Information Criteria, AIC)を適用し、この値が最小になった時刻を立ち下がりあるいは立ち上がり時刻としました。なお、任意の点i=kでのAICkは次式により算出できます。
(1)
ここで、k:1~n、n:波形のサンプリング数、σF:i=1~k-1に対するFの分散、σFs:i=k~nに対するFの分散、F:波形の振幅値(i=1~n)です。図7に、電流波形および磁歪センサの振動波形それぞれに対して式(1)を適用して得られたAICの時間変動を示します。図より、AICkが最小値を示す時刻が、電流波形の立ち下がりおよび磁歪センサの振動波形の立ち上がり時刻になっていることがわかります。

表2 電流波形の立ち下がりおよび磁歪センサの振動波形の立ち上がり時刻とそれらのタイムラグ(磁歪センサ)
表2に、10回の測定で得られた電流波形の立ち下がり時刻、磁歪センサの振動波形の立ち上がり時刻および両者の差分であるタイムラグをそれぞれ示します。表より、推定した立ち下がりあるいは立ち下がり時刻のばらつきは極めて小さいことがわかります。そのため、4章以降で弾性波伝搬速度を算出する際に使用するタイムラグは、10回の測定から算出したタイムラグの平均値21.9µsを採用することにします。

図8 周波数スペクトル(磁歪センサ)
最後に、磁歪センサの振動成分の把握を試みました。図8に加速度波形に対して高速フーリエ変換(FFT)を行って算出した周波数スペクトルの一例を示します。周波数スペクトルは、加速度波形の平均値を算出し、加速度波形の各振幅値からこの平均値を差し引き、直流成分を除去した時刻歴波形に対してFFTを行ったものです。
図より、17kHzと18kHzに、単独の鋭いピークが出現していることが確認できます。なお、10回測定した加速度波形から算出した全ての周波数スペクトルにおいて、17kHzおよび18kHzに単独のピークが出現しており、再現性は極めて高いことがわかりました。これより、磁歪センサの振動としては図8に示す周波数特性を有しており、このような特性を有する弾性波をコンクリート中へ入力しているものと推察できます。
4.コンクリートの弾性波伝搬速度の測定
4.1 供試体概要
供試体は、高さ1000mm×幅300mm×奥行き1000mmのコンクリート製のものを2体(供試体AおよびB)作製しました。
4.2 測定方法
図1に測定状況を示します。ウォーターカップリング磁歪センサは、コンクリート表面(高さ1000mm×奥行き1000mm)にエアーコンプレッサーを使用して吸着させました。吸着後、ウォーターチャンバー内を、アスピレータにより水の中に含まれる空気を極力少なくした水で満たしました。これは、空気が多いとコンクリートへ入力する弾性波のエネルギーが小さくなるためです。その後、強磁性体コアの表面とコンクリート表面との距離が5mmとなるように、xy軸ステージにより磁歪センサの位置を微調整しました。
一方、弾性波の受信側である加速度センサは、ウォーターカップリング磁歪センサを設置したコンクリート表面と対向する面(高さ1000mm×奥行き1000mm)に、両センサの中心が一致するように設置しています。加速度センサの固定には、3.2で述べたとおり、シアノアクリレートを主成分とした接着剤を使用しました。
パルス電流発生装置の設定(電圧、パルス幅、電流)、加速度センサの仕様、波形収集装置の設定(サンプリング時間間隔、サンプリング数など)は、3.2の測定と全て同じです。なお、本章でも、測定ごとのばらつきを把握するため、測定回数は10回に設定しています。
4.3 測定結果および考察

図9 受信波形の一例
図9に、各供試体において計測した際の電流波形とコンクリート表面に貼付けた加速度センサで受信した時刻歴波形を加速度に変換した波形をそれぞれ示します。図9 (b)と図6 (b)に示す加速度波形における最大加速度を比較すると、コンクリート表面で受信した最大加速度が、磁歪センサ表面で受信したそれよりも1.5倍程度大きくなっています。これは、コンクリートと磁歪センサとを水を介してカップリングしたことにより、磁歪センサの振動エネルギーを水により増幅させることができたことを意味しています。しかも、その増幅率は、コンクリート中の骨材による散乱減衰、拡散減衰などの減衰を考慮すると、極めて大きいものと推察できます。

図10 受信波形波頭部の拡大図
図10に、図9に示す電流波形の立ち下がりおよび加速度センサで受信した波形の立ち上がり時刻付近(波頭部)をそれぞれ拡大したものを示します。図中には、式(1)を適用して得られたAICの時間変動もそれぞれ示しています。図10より、AICkが最小値を示す時刻が、電流波形の立ち下がりおよび加速度センサで受信した波形の立ち上がり時刻にそれぞれ一致していることがわかります。この結果と3章で明らかにしたタイムラグ(導線に電流を流し始めた時刻と磁歪現象により磁歪センサが振動を開始する時刻の差)から、コンクリートの弾性波伝搬速度の算出を試みました。算出式を以下に示します。
(2)
ここで、Cp:コンクリートを伝搬する縦波の速度、L:供試体の幅(=30mm)、t1:電流波形の立ち下がり時刻、t2:加速度センサで受信した波形の立ち上がり時刻、Δt:タイムラグ(=21.9µs、表-2参照)です。なお、厳密には、水の弾性波伝搬速度も考慮してコンクリートの弾性波伝搬速度を算出する必要がありますが、水が振動する部分の厚さ(磁歪センサとコンクリート表面との距離)がいずれの計測でも5mmと一定かつ極めて小さいため、ここではこの影響を無視して計算しました。

図11 弾性波伝搬速度
図11に、供試体Aおよび供試体Bで得られた弾性波伝搬速度の10回の平均値をそれぞれ示します。また、図中には、各供試体で得られた弾性波伝搬速度の最大値と最小値をエラーバーで併せて示しています。図より、両供試体ともにばらつき(ここでは、最大値から最小値を引いたものと定義)は100m/s程度と小さく、平均値の差も約80m/sと小さいことがわかります。しかも、各供試体で得られた弾性波伝搬速度の全ての値は、衝撃弾性波法や超音波法などのその他の弾性波法で測定したコンクリートの弾性波伝搬速度と概ね同程度の値であることも確認できます。
以上のことから、本研究で開発した非破壊試験装置「ウォーターカップリング磁歪センサ」により、コンクリート中に弾性波を入力できることが裏付けられ、かつ、弾性波伝搬速度の測定も可能であることが明らかとなりました。
今回は、衝撃弾性波の秘めたる可能性を具現化するための開発事例について、概説をいたしました。第1回(2019年10月15日)や第2回目(2019年10月30日)の記事についても振り返ってお読みいただくと、コンクリート構造物の調査における衝撃弾性波法の有用性がより理解できるかと思います。
参考文献
日本非破壊検査協会:NDIS2426-2 コンクリートの非破壊試験-弾性波法-第2部:衝撃弾性波法,2014
日本非破壊検査協会:NDIS2426-1 コンクリート構造物の弾性波による試験方法-第1部:超音波法,2009
前田直樹:地震波自動処理システムにおける読み取りおよび評価,地震2輯,38(3),pp.365-380、1985
うちだ・しんや 埼玉県出身。岐阜大学大学院修了。現在、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。社会基盤メンテナンス工学、非破壊検査工学、コンクリート工学を専門とする。