とやまの土木―過去・現在・未来(39) 魚道の話 ~失敗しない魚道を造るために~

 次に、論外といっていいような魚道の例を2つあげる。いずれも小規模な堰堤に付けられた魚道であるが、一つは魚道に全く水が流れていない(写真1 A)。もう一つは、勾配が急で魚道内の水流が激しすぎ、かつ魚道入り口(下流端)に落差が付き、助走(助泳?)できるプールがない(写真1 B)。いずれも魚道が魚の移動手段であるという視点や配慮が全く見られないものである。

写真1 機能していない魚道の例

 機能していない魚道の例その2。Aは完成目前の魚道下流端の状況。左側の岩盤に接するように淵が形成されていて、ここに魚道からの水流を流入させるデザインであったが、完成後はBのように魚道からの水流は本流と切り離されてしまった。

写真2 機能していない魚道の例その2

 写真2は大規模な堰堤を迂回するように長距離の魚道を設けた施設の下流端を表したものである。川の流れが岩盤にぶつかり、淵を形成しているところに魚道の入り口(下流端)を設けるようにデザインした。これにより、淵に集まってきた魚で遡上の意欲を持っている魚の多くは魚道に誘引されることを狙ったものである。

 しかしながら、魚道完成後、魚道の入り口部分に水が行かないような構造にされてしまい、魚道から流れる水は本流に合流する間、非常に浅い流れとなってしまった。これでは魚は魚道に入りようがない。魚道のための多額な費用が完全に無駄になってしまったと言わざるを得ない。この魚道の設計には筆者自身が関わっていたこともあり、いまだにとても気にかかっている。

写真3 魚が利用しにくい魚道の例.魚道の下流端より河床が低下している(A)。魚道に入り込むためには落差を伴った強い水流を越えなければならないが、その下流部に十分なプールが形成されていない。

 写真3に示す魚道は、少数のサクラマスはこれを越えていることを確認しているので、これまでにあげたものに比べれば完全な失敗と言えるものではない。魚道自体に大きな問題はないが、魚道に行きつくまでの経路がとても険しく、魚道に入ること自体がきわめて困難な状況となっている。

 すべての堰堤やダムについて言えることであるが、土砂のたまっている河床に堰堤やダムといった硬い構造物を入れた場合、その直下で河床の土砂が洗堀され、河床が低下することが起こる。魚道を設計する場合、下流端の位置や高さを、河床の洗堀を計算に入れなければならない(鈴木ほか 2019)。

 設計時点での河床の高さに合わせて下流端を設置すると、その後の河床低下によって魚道が浮いてしまったり魚道直下で落差が生じたりする。写真1 Bや写真3はその状況をよく表していると言える。非常に厳しい状況でも写真3の魚道を突破する魚がいることから、魚の遡上能力は高いことがわかる。これを過信することは禁物であり、魚道の設計においては遊泳力の範囲内で無理なく遡上できるよう配慮することが基本であるが、実際には魚道の構造に若干の問題があってもこれを超える魚少なくない。

 魚道に入ってしまえば何とかなることもあるということを認識すれば、まずはいかに魚を魚道に導けるかの方がより重要な課題である。誤解を招かないようあえて書くが、魚道本体の構造が大した問題ではないと言っているのではない。写真1 Bの魚道のようにとても魚が遡上できない水流の魚道はいくらその直下に魚が誘引されても無意味である。

 以上、富山県内の魚道を例に問題点をあげてきた。小牧ダム、祖山ダムの事例からは、そもそも技術的未熟さや魚道に深く関わる魚の生態に対する理解の欠如が失敗の根本にあると言える。

 写真1で紹介した事例では、技術的な問題以前の意識のレベルに問題があるのではないだろうか。魚道とは魚に対する負の影響を除去・軽減するものであるという意識が感じられない。どこからかそれらしい図面や先行事例を拾ってきて、それをアレンジして付ければいいという姿勢にすら思える。

 写真2と3で示した事例では技術的な問題が指摘される。魚道そのものは大きな問題はないのだが、魚道への魚の誘因があまり考えられていなかったり、河床低下という、しばしば起こりうる現象に対する想像力が足りず、それへの対処が不足していた。

 魚道の設計に際し、魚道を魚が無理なく通過できるかということは強く意識されるが、それ以外にも考慮すべき事柄が数多く存在する。上述したように、魚道への魚の誘因は非常に重要である。魚道の上流端(出口)における魚の行動や同線も重要である。ごみなどで閉塞しないようにすることも問題である。

 取水施設を持つダムで、魚道上流端が取水施設付近に位置する場合、魚が取水施設に入り込まないようにすることも課題となる。遡上のことを中心に考えることが多いが、魚の降下が無事にできるかという配慮もまた重要である。遊泳力の劣る稚魚や幼魚の降下に対してはこのことは十分に配慮されなければならない。

 魚道を単に魚をダムなどの障害物を回避させるだけの手段と捉えると、このような問題への対応は十分にできず、より広範な視点から魚道をとらえる必要があると考える。魚道の評価をする際に、ダムの下流に魚を放しそれがダムの上流に遡上していることを確認することで魚道が機能していると判断するのは早計である。ダムがない状態でその河川に生息している魚類がどれだけその地点を遡上・降下しているのか、ダムを造り魚道を設けたことによってその魚のどのくらいの割合が遡上・降下しているのかが問題になると考える。

 特定の魚種についていえば、その種の個体群動態に着目した評価が必要になると考える(高橋 1999、2000)。そのような視点で魚道を評価する目を持つことによって総合的に魚道を考えることができるようになる。

 1997年の河川法の改正では、河川管理の自的に「治水」、「利水」に加え、「河川環境」(水質、景観、生態系等)の整備と保全が加えられた。これが十分に実現していれば欠陥魚道はもっと減っているはずであるが、現実には残念な魚道が多数見られる。先に、魚道の技術的な練度は高くないと書いたが、技術レベルの低さの一因は土木技術者の対応が十分ではないことがあると考える。

 魚道はダムや堰堤に付けられる構造物としては土木の構造物であるが、一般的な土木では扱うことの少ない魚や、時には甲殻類なども含めた水生生物が対象となる。これらを対象とした教育を、土木技術者の多くは学んでいない。しかしより根本的な面から言えば、このような表層的な知識、情報、技術レベルより深い、意識、理念レベルの問題が重要であり、現在の土木がそこまで至っていないのではないかと考える。改正河川法の理念を具体化できるような意識、予算措置を含めた取り組み体制等が必要であると考える。

引用・参考文献
石田 力三・中村 中六・中村 俊六・竹林 征三 1991 魚道の概要.「魚道の設計」( 廣瀬利雄・中村中六編著),pp.5-65.山海堂
小山 長雄 1967 魚道をめぐる諸問題 Ⅱ.解説編.木曽三川河口資源調査団
鈴木 洋一郎・太田 猛彦・石川 芳治・高橋 剛一郎・中井 達郎・藤澤 将志・川野 敬・石井 剛 2019 渓流の連続性保持を考慮した斜路式魚道を有する治山ダムの開発 砂防学会誌 71(5):19-23
田子 泰彦 2009 サクラマスは甦るか 科学 79(3):292-297
野本 寛一 2009 山地母源論2 マスの溯上を追って 岩田書院
高橋 剛一郎 1999 渓流魚からみた河川 科学 69(12):1036-1040.
高橋 剛一郎 2000 魚道の評価をめぐって 応用生態工学 3(2):199-208
竹林 征三・貴堂 巌 1995 日本初のエレベーター式魚道の土木史的考察 土木史研究 15:425-436

たかはし・ごういちろう 
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科教授。富山県黒部市出身。大学では農学部林学科砂防工学研究室に所属し、砂防工学、森林科学などを学ぶ。1983年富山県立技術短期大学農林土木科助手となり、2009年富山県立大学工学部環境工学科准教授を経て現職。砂防工事などの防災工事と自然環境の保全の調和を目指した工種・工法の研究を主たるテーマとする。農学博士。