揺らぐサムスン共和国:大規模投資・M&Aに未来を託すサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢 

 約4年間、李在鎔(イ・ジェヨン)副会長の司法リスクが解消されないため、サムスン電子の大規模投資や大型M&A(買収合併)、特にM&Aがマヒ状態となっている。今後も引き続き、法的問題が残されたままとなるならば、サムスン電子は、正常な経営が難しいだけでなく、今後の成長産業を発掘していくことにもブレーキがかかりかねない。

 サムスン電子の事業構造を過去そして未来も決定づけるのが、大規模投資と大型M&Aである。これらを起爆剤として、外部から優秀な人材と技術を融合しながら、積極的な経営を展開してきた。それらを可能としてきたのが、豊富な資金である。現在、113兆ウォン(日本円に換算して約10兆円)を越える流動資金を保有している(図表①)。

図表① サムスン電子の現金保有額の推移
資料 : サムスン電子

 最近、半導体やバイオ事業への投資は目立つものの、次世代事業を創造するような大規模投資は見当たらず、また大型M&Aにおいても、2016年11月に米国の電装会社・ハーマンを約9兆4,000億ウォン(80億ドル)で買収した後、サムスン電子に目立った動きはない。

 まず最近の大規模投資を確認すると、2018年8月に未来成長産業4分野に180兆ウォン規模の投資をすると表明したのに続き、2019年4月にはシステム半導体の「ビジョン2030」で133兆ウォン、10月にはQD(量子ドット)ディスプレイに13兆1,000億ウォンなどが挙げられる。

 市場調査機関トレンドフォースによれば、サムスン電子は今年第2四半期のファンドリー市場の占有率18.8%の記録にとどまっており、TSMCのシェア51.5%に大きく水をあけられている。

 この差を埋めるべく今年に入ってからも、5月に平沢(ピョンテク)のEUV(極端紫外線の露光装置)をファンドリーラインに10兆ウォン、6月には同じ平沢にNANDフラッシュラインに8兆ウォンの投資を発表するなど、半導体関連に積極的な姿勢が現れている。

 一方のTSMCは今年、新規パッケージング工場に100億ドル、米国・アリゾナ州に5ナノのファンドリー工場の建設に120億ドルの投資を発表しており、サムスン電子に先行しているのが現実だ。さらにTSMCは今年、ゲート・オール・アラウンド(GAA)技術を適用した2ナノメートル(nm)の微細工程を導入して2023年から大量生産に入るといわれ、ファンドリー市場のシェア拡大に向けて拍車をかけている。

 次に大型M&Aについて吟味したい。

 サムスン電子のM&Aを遂行する組織は、戦略革新センター(SSIC: Samsung Strategy & Innovation Center)の傘下にある、サムスンカタリストファンド(2013年設立)、サムスンネクストファンド(2017年設立)、サムスンリサーチセンターなどである。これらの機関が大型M&A案件や資本出資に係わる情報収集・分析評価をしている。

 これらの機関の中で、目立った動きをしてきたのが、サムスンネクストファンドである。サムスン電子が2015年買収した’サムスンペイ’の前身であるLoopPay(モバイル決済)もサムスンネクストの前身であった組織が、IM事業部に紹介してビッグディールを成し遂げた案件である。

 2014年のSmartThings, Inc.(スマートホーム)、2016年のJoyent, Inc (クラウドソフトウェア)、Viv Labs, Inc.(AIサービス)、Harman International(電装事業)など、サムスン電子の大小の投資も、ほとんどのサムスンネクストファンドが実行部隊の役割を果たしてきた(図表②)。

図表② サムスン電子の最近の主なM&A
資料 : サムスン電子

 ところが2018年以降、サムスン電子が買収した主な企業は、2018年のZhilabs Inc.(AIによるネットワーク ソリューション)の1件、2019年のCorephotonics(デュアルカメラ技術)、FOODIENT(AIを活用して食習慣・栄養情報などを分析)の2件、そして今年1月のTele World Solutions(5Gネットの最適化設計)の1件にとどまる。

 サムスン電子は米・中貿易紛争と新型コロナウィルスの長期化、検察捜査および裁判など内外に悪材料を抱えているうえ、専門経営者による意思決定には限界があり、こうした中での最終意思決定者はトップの李副会長に委ねられる。しかし李副会長のリーダーシップに司法リスクによる不安定な状況は当面続く見込みである。

 この間、サムスン電子のライバルであるグローバルIT企業はM&Aを加速しており、マイクロソフトは5G通信技術の獲得に動き、アップルはAI企業の買収を推し進め、グーグルはクラウドサービスの拡充などに邁進している。

 それらの企業に比肩するほどの豊富な資金がありながらも、サムスン電子は十分活かしておらず、大規模投資・M&Aの意思決定に至るまでに生まれる空白の時間が、今後の次世代事業の創出に深刻な影を投げかけることになろう。