とやまの土木—過去・現在・未来(38) ハザードマップのダウンスケーリング

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 呉 修一

 前報では、「防災・気象情報の利活用―あなたには災害の危険性を知る義務と、自分と家族を守る責任があります―」という題で、自分と家族の命を守るためにはどのような防災気象情報が利用可能かを報告した。本報告では更に踏み込んだ内容として、ハザードマップのダウンスケーリングについて考えてみたい。

 「ダウンスケーリング」とは、気象学、水文学などでよく用いられる専門用語で、時空間解像度の粗いものを高解像度へと落とし込む作業のことである。つまりボヤ―っとして曖昧な情報を、わかりやすい特定の情報に落としこむ。けっしてハザードマップが曖昧というわけではなく、しっかりと使いこなすためには、もう一段、特定の情報への落とし込み作業や判断、横文字で言うと「リテラシー」が必要なのである。この作業や判断は誰がやるのか? 「自分」でやるのが理想だが、なかなか難しいので、地域コミュニティで包括的に取り組めるような仕組み・マニュアル作りが大事になってくる。

洪水ハザードマップで特に注意すべきポイント

 自身の地域のハザードマップを確認することは、災害リスクの理解に向けた第一歩である。洪水ハザードマップに関しては、既に本連載の前報に加えて、3回目と23回目に高橋先生、手計先生が紹介しており、土砂災害警戒区域などの土砂災害に関しては、35回目で古谷先生が紹介しているのでそちらも是非参照していただきたい。図-1に、富山市の洪水ハザードマップ(神通川、最大想定)1)を示す。これらはウェブで確認できるが各家屋に紙配布されたものがある場合は、見やすいのでそちらを確認いただきたい。

図-1 富山市洪水ハザードマップ(神通川、最大想定)1)
https://www.city.toyama.toyama.jp/data/open/cnt/3/22108/1/03jinzuugawaL2.pdf

 では、この洪水ハザードマップで何を確認すればよいのか? まずは自宅の位置を確認し、そこが浸水するかを確認する。ここで、最も危険な個所は、家屋倒壊等氾濫想定区域(氾濫流、河岸侵食)に指定されている地区である。ここに自宅や会社が含まれていたら、必ず事前の早めの水平避難を行ってほしい。ここでいう水平避難とは避難所や近所の浸水しない高い家屋に移動する避難のことであり、垂直避難は家屋の2階、3階などに避難することである。

 2階以上に水が到達する3.0m以上の浸水が想定される個所も、事前の早めの水平避難が必要である。逆に言うと、例えば想定最大規模で浸水深が0.5m未満と想定されていれば、豪雨の中をわざわざ水平避難をする必要はないと考える。水平避難中のほうが被災する(用水路・側溝への転落、氾濫流による移動の阻害、橋を横断中の危険など)リスクが高いと考えられるためである。

 では、0.5mから3.0mと判断されている個所は、どうするべきか? この点の曖昧さを今後は改善していく必要がある。筆者は従来からハザードマップは2色(安全、危険ゾーン)で示すべきと提案している2)。この点に関して、以下で詳細を説明したいと思う。

「浸水の深さ」以外の要素

 水平避難をすべきか、鉛直避難で十分か? この判断を各家屋で行う必要がある。一例として、筆者らの研究の取り組みを簡単に紹介する。図-2に浸水深と流速による4分類でのリスクランクを示す3)

図-2 浸水深と流速による4分類でのリスクランク3)

 これは、2019年台風19号による長野県千曲川での被災事例をもとに、従来から存在する分類を整理した新しいリスクランクである。洪水の恐さは浸水の深さ(水深)のみならず、水の流れ(流速)も関連してくる。この図で示されるように、水深が3.0m以下の1階のみの浸水であっても、堤防決壊付近などで氾濫流の流速が極めて速い場合は、家屋流失や損壊大の被害が生じており、水平避難が必要であった。

 また、2018年の西日本豪雨では夜中の浸水であり、1階で就寝中に死者が生じるケースが極めて多く報告されている。よって、筆者らは、図-2のリスクランク分類と、浸水深上昇速度(どれだけ早く水が深くなるか)、浸水継続時間(どれだけ長く水につかるのか)を考慮することで、水平避難が必要な危険ゾーンと垂直避難で十分なゾーンの2分類で示している3)

 つまり、水深が3.0m以下とハザードマップで指摘されている場合は、その他の流速、浸水深上昇速度、浸水継続時間などを考慮して判断する必要があるということである。筆者らの分類3)は、河川上流部での堤防決壊地点の想定数が少ないため、まだまだ改善が必要な途中段階である点はご理解いただきたい(なので本報告では誤解が生じないように図を示していない)。が、このように、筆者らは逐次研究・計算を進めており、今後、自信をもって水平・鉛直避難の区分を示せるよう、急ぎたいと思う。

タイムラインや行動分類表の作成(トリガーの決定)

 では、洪水ハザードマップ上で、水平避難が必要と分類された場合は、どのような対応が必要なのであろうか? まずは、図-3に示すようなタイムラインの作成をお願いしたい。東京都は多くのタイムラインの雛形や作成例を公開4)しているので、是非参考にして、自身や家族でも作成してみてほしい。

図-3 東京マイ・タイムライン作成例(台風、一般用)4)
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/417/sakuseirei-ippan.pdf

 図-3の一例で示されたマイ・タイムラインで重要な点は、早め早めの避難を心掛けている点と、避難する場所はけっして避難所ではなく、親族の家などを想定している点である。当然であるが、避難場所は避難所でなくてよい。避難所に行くのは面倒、危険と思われたら、例えば、近くのホテルなどに前日から宿泊してリフレッシュすることなどを、考えてみてはどうであろうか。早めの避難をするのが楽しみで、空振り(洪水がおこらずに避難の意味がなくても)しても色々と楽しめて、また次の出水シーズンが待ち遠しくならないだろうか。もちろん空室が無い状況の代替や金銭面など、色々と検討は必要であるが。

 次に、岩手県の自主防災協議会の取り組み5)を紹介したい。この自主防災協議会では、図-4に示すよう、各家屋の想定される事態・災害、避難の手順等を整理・周知している。この取り組みで記述されていることの詳細は個人情報などが多く含まれているため、詳細は省かせていただくが、その内容の緻密さ重要さなど、極めて感嘆すべき取り組みとなっている。

図-4 各家屋で想定すべき事柄、豪雨時の対応の整理

 図-3のタイムラインや図-4の整理表を各家屋で事前に準備していただくのが理想である。が、しかしながら、個人で実施するには難しい点も多々あるであろう。

今後どのような対応が必要か

 本報では、洪水ハザードマップのダウンスケーリングという題で執筆させていただいた。ハザードマップ情報から図-3や図-4の各家庭での対応に、情報を落とし込んでいく作業が、今後は必要となってくる。では、これを各家屋で実施するのか? 無理だ、自信がないという家屋が殆どであろう。したがって、自主防災組織や市町レベルで対応を指導し、取りまとめることが重要である。その対応を行うため、大学がマニュアルの作成などに取り組む必要がある。

 ちょうど本執筆を行っている最中に、大変お世話になっている東北大学災害科学国際研究所の小野裕一教授より、科学技術振興機構(JST)のプロジェクト「包括的な災害リスクのプロアクティブアラートに基づくインクルーシブ防災の実現」6)への参加をお声がけいただき、ご一緒させていただくことになった。このプロジェクトは、本報告のような取り組みを実際の町レベルで行い、「地域の災害リスクを包括的に評価した上で、個人・世帯単位で予防的な被害予測・避難行動を促すアラートの仕組みを開発する」のが目的となる。まさに自分の構想と一致したプロジェクトであり、研究の方向性に自信がわきつつ、今後プロジェクトでも多くを学び、少しでも貢献したいと考えている。

 筆者はこのようなプロジェクトに従事し、実際の市町での取り組みを行うとともに、研究面では図-2に示したリスクランクの精度の向上、2分類のハザードマップ3)の完成などを、急ぎ進めていきたい。以上により、「あなたの家は水平避難が必ず必要なので、絶対に早め早めの水平避難を検討してください」と科学的根拠に基づき、しっかりと言えるようにならなければダメである。

参考文献
1) 富山市:富山市洪水ハザードマップ(神通川、最大想定)
https://www.city.toyama.toyama.jp/data/open/cnt/3/22108/1/03jinzuugawaL2.pdf
2) 呉修一,千村紘徳,地引泰人,佐藤翔輔,森口周二,邑本俊亮:地域住民を対象とした防災情報の理解度等に関する基礎調査と可能最大洪水を想定した防災対応の提案,自然災害科学,Vol.38, No.4, pp.449-467, 2020.
3) 八木隆聖,呉修一:常願寺川および神通川における洪水氾濫解析とリスクランク評価による垂直・水平避難ゾーンの提案,水工学論文集, Vol.65, 印刷中, 2020.
4) 東京都:東京マイ・タイムライン作成例(台風、一般用)
https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/006/417/sakuseirei-ippan.pdf
5) 小川地区自主防災協議会:防災・減災の手引き,土砂災害これさえあれば 救沢編
6) JSTプロジェクトデータベース:包括的な災害リスクのプロアクティブアラートに基づくインクルーシブ防災の実現https://projectdb.jst.go.jp/grant/JST-PROJECT-19217482/

くれ・しゅういち 

東京都出身。中央大学大学院理工学研究科修了後、カリフォルニア大学デービス校、北海道大学、東北大学災害科学国際研究所を経て、富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授。水工学、防災学などを専門とする。