揺らぐサムスン共和国:次世代事業に浮上するか、サムスンバイオロジクス
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
2018年8月、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長は、2010年の5大有望産業に代わる4大未来成長産業(3年間に25兆ウォンの投資金額)を発表した。4大未来成長産業として、AI(人工知能)、5G(第5世代移動通信システム)、電装部品、そしてバイオの4分野が掲げられた。期待される未来成長産業の中から今回はバイオを取り上げる。
バイオ事業はその成長性が注目されながらも、人間の健康に直接影響を及ぼす医薬品の生産であることから、米国食品医薬品局(FDA)、欧州医薬品庁(EMA)などの厳格な品質認証を受けなければならない。
さらにバイオ事業をサムスングループで推進しているバイオロジクスが、製薬会社から医薬品の開発・量産を受託する医薬品製剤開発・製造支援事業であるCDMO(Contract Development and Manufacturing Organization)事業で成功するためには、技術開発においてライバル会社との違いを明確にしたうえで、それら企業との優位性をも明らかにしなければならない。
CDMOが商業用バイオ医薬品を委託生産する段階に入るためには、世界の製薬会社から生産技術の移転や試験生産の実施に関わる契約及び各国医薬品を規制する機関GMP(Good Manufacturing Practice)などのガイドライン(製造管理及び品質管理の基準)のクリアが必要であり、これには一般的に2年以上の準備期間が必要とされる。
バイオロジクスは、世界の製薬会社を顧客とした受託生産(CMO: Contract Manufacturing Organization: 36.2万リットル生産設備を保有)会社である。第2四半期末には臨床物質の生産設備が稼働に入ることから、合計36.4万リットルに拡大する。その他の代表的な受託生産企業としては、ベーリンガーインゲルハイム(ドイツ: 30万リットル生産設備を保有)、ロンザ(スイス: 26万リットルの動物細胞培養設備を保有)などがある。
バイオロジクスは、仁川(インチョン)市・松島(ソンド)に第1・2・3工場を建設し、第3工場は世界最大規模のバイオ医薬品生産能力を有する(図表①)。

図表① サムスンバイオロジクスのプラント概要
※ドル換算工事費は該当工場建設期間中の平均為替レートを適用して算定
資料 : 金融監督院電子公示システム(2020.5.15)より作成
今日、世界の製薬会社は医薬品の研究開発やマーケティングに集中・特化しており、生産を戦略的かつ効率的とするために生まれてきたのが、受託生産というアウトソーシング・ビジネスである。バイオロジクスは、グローバル製薬会社を顧客としたバイオ医薬品委託開発・生産や特許の切れたジェネリック医薬品の生産などを行っている。
バイオロジクスの業況は、今年上半期すでに1兆7,303億ウォンの受注を獲得しており、これは昨年の売り上げ7,105億ウォンの2.5倍に達している。直近の売上高と営業利益をみると、今年第1四半期の売上高が2,071億ウォン(前年同期比65.3%増)、営業利益が625億ウォン(同、黒字転換)であり、売上高営業利益率は、前期の13.1%から30.2%に跳ね上がっている(図表②)。

図表② サムスンバイオロジクスの売上高営業利益率の推移
資料 : 四半期報告書(2020.5.15)より作成
この7月もバイオロジクスは、2018年1月の受注から2度目となる米国・ImmuneOncia Therapeutics, Inc.(2016年に設立した免疫抗癌剤専門のバイオベンチャー企業)と免疫抗癌剤に対する医薬品受託開発(CDO)契約を締結した。
バイオロジクスは、さらに海外の顧客を獲得・拡大するため、今年中に米国サンフランシスコに、事業の核心であるバイオ医薬品委託開発(CDO: Contract Research Organization)R&Dセンターをオープンする計画を立てている。
このように順風満帆にみえるバイオロジクスであるが、李在鎔副会長を取り巻く司法リスクがここにも影を落としている。2015年5月のサムスン物産と第一毛織の合併と第一毛織の子会社であったバイオロジクスの会計変更が、李副会長の経営権継承のための工作ではなかったか、と検察は疑っている。
2016年12月から始まった捜査は、今年6月4日にソウル中央地検が、李副会長を含む3人に対して、資本市場不正取引および株式相場の操作、株式会社の外部監査に関する法律違反などを適用し、拘束令状を裁判所に請求した。
ソウル中央地裁は、バイオロジクスの不正会計疑惑などで、李副会長に対する検察の拘束令状の請求を棄却し、6月末の捜査審議委員会は、捜査中断及び不起訴を勧告したことから、経営トップへの最悪の事態だけは免れた。
勧告はあくまで勧告であり、検察がその勧告に全面的に従うならば、検察の独立性が疑われる。李副会長による資本市場法の違反で検察が起訴する余地はまだ残されており、司法リスクは抱えたままである。欧米先進国では、とくにバイオなどの先端事業領域に対しては、厳格な企業倫理を求めていることから、依然としてこの裁判の行方が、バイオロジクスの今後の事業展開に重石となっている。