とやまの土木—過去・現在・未来(35) 富山県における土砂災害危険箇所数と土砂災害警戒情報
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 古谷 元
1.はじめに
例年、梅雨の末期には、日本のどこかで大雨が降り、そして不幸にも土砂災害の発生が繰り返されています。一部の富山の方は、「富山は立山に守られているから災害が少ない」と口にされています。今回は、富山県における土砂災害危険箇所数と最近耳にする土砂災害警戒情報に関して少し述べたいと思います。
2.富山県内の土砂災害危険箇所と関連法令
富山県内の土砂災害危険箇所は、どれくらいあるでしょうか? 斜面防災対策技術協会(2018)によると本県は、2017年度で地すべりの危険性がある場所は682箇所、土石流の危険性がある渓流は1,430箇所、そして崖崩れ(急傾斜地崩壊)の危険性がある場所は2,835箇所、合計4,947箇所になります。
これらのうちで重点的に整備をする必要がある箇所(人家5戸以上あるいは要配慮者利用施設等がある箇所、インフラ等)は、1,804箇所です。カウントされた数値は、規模の大小別として以外と多い数になります。図-1にこれらの位置を示します。なお、この図で注意しなければいけないのは、北アルプス周辺が着色されていません。これは居住者数、道路・鉄道等の重要なインフラが近隣にないためであり、土砂移動現象そのものは発生していることを考慮する必要があります。

図-1 富山県内での土砂災害の危険性がある箇所
国土地理院 ハザードマップポータルサイト(https://disaportal.gsi.go.jp/)に加筆
土砂災害を防ぐ施策は、実は古くより法整備が行われてきました。この法律はいわゆる砂防三法と呼ばれるもので、それぞれ1)砂防法(1897年)、2)地すべり等防止法(1958年)、3)急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(一般的には急傾斜地法:1969年)になります。
砂防三法では、砂防指定地(国土交通大臣が指定)、地すべり防止区域(国土交通大臣または農林水産大臣)、そして急傾斜地崩壊危険区域(知事が指定)を定め、土地(斜面・渓流)に対する行為の制限等をかけており、また砂防施設の整備等を進めて土砂災害の防止を図ることを目的にしています。これまでの砂防事業により、土砂災害の防止に効果があることが分かっているのですが、全てを整備するには時間と費用が莫大に掛かってしまうところが大きな課題です。
なお、富山県内に着目すると、2017年度で地すべり防止区域は334箇所(138.07㎢)、 砂防指定地は977箇所(474.17㎢)、そして急傾斜地崩壊危険区域は373箇所(128.09 ㎢)になります(斜面防災対策技術協会、2018)。富山県の面積が4,247.19㎢なので、県土に対してそれぞれ3.3%、11.2%、3.0%です。
たとえば皆さんがひいきにしているスポーツチームの勝率に比べると、非常時に小さい値になりますが、決して無視できない値と思います(余談ですが、甚大な土砂災害と呼ばれる場合でも、土砂の流出は、対象としている範囲の面積の中でたった数%程度がほとんどです)。
1999年に広島で発生した豪雨災害を契機に、土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律(一般的には土砂災害防止法)が2000年に成立しました。この法律は、これまでの砂防三法で進めてきた指定箇所に対する発生源での規制や対策工事等の推進に対して、土砂災害の被害が考えられる所で土砂災害警戒区域と土砂災害特別警戒区域を定め、情報伝達、警戒避難態勢の整備(ハザードマップ、避難確保計画の作成、緊急情報等)を進めるものです。
砂防三法は、構造物等で対策を進めてきており、これをハード対策と位置づけると、土砂災害防止法は、あらかじめ情報等を提供して、地域の方々に災害リスク知らせる、いわばソフト対策の位置づけになります。
土砂災害の被害が考えられる場所は、上述したように2種類、すなわち土砂災害警戒区域と、より危険性の高い土砂災害特別警戒区域が抽出されています。富山県内では、2020年7月時点で土砂災害警戒区域は4,881箇所、土砂災害特別警戒区域は3,656箇所指定されています(表-富山県砂防課、2020)。

表-1 土砂災害危険区域等の指定状況一覧(富山県砂防課、2020)
http://www.pref.toyama.jp/sections/1505/dosyaho/dosyaho_top.htm
3.土砂災害警戒情報と土砂災害の危険度の評価
3-1 土砂災害警戒情報
最近、テレビ等でテロップや臨時に土砂災害警戒情報が流れるようになりました。これはソフト対策の面のひとつとして挙げられます。土砂災害警戒情報とは、大雨によって土砂災害発生の危険性が高まった時に、都道府県と気象庁が共同に発表する情報です。
具体的には、大雨警報が発表された後に、ある基準(後述します)より、土砂災害がいつ発生してもおかしくない状況と評価された際に、市町村長による避難勧告や住民の避難等の判断を支援するために、対象となる市町村に対して都道府県と気象庁(富山県であれば、富山県と富山地方気象台)が共同で情報提供しています。
この情報提供のタイミングは、各地域で過去の事例に基づいて設定されている基準値を2時間後には超過すると評価された時になります。私たちは、これを契機に少しでも安全な箇所へ避難することが重要です。もちろんその前の段階(警報が発令)でも、避難準備ができ次第、安全な場所へ避難を開始しても問題はありません。ご高齢の方などは、早め早めの避難を勧めたいと思います。
3-2 土砂災害の危険度評価
現在、各県では土砂災害警戒情報がリアルタイムで公開されています。富山県の例を図-2に示します。本県では、県内を1kmメッシュ(2020年5月25日以前は5kmメッシュで運用)で分割(約4,000メッシュ)し、あらかじめ土砂災害の危険性が高い箇所(別途行われている調査によりピックアップされています:例を図-3に示します)、降水データ(アメダスやレーダー)等を用いて解析し、提供されます。

図-2 富山県土砂災害警戒情報支援システム(富山県)
http://www.sabo.pref.toyama.lg.jp/

図-3 土砂災害危険箇所の表示例(富山県)
http://www.sabo.pref.toyama.lg.jp/
危険度の評価法は、図-4に示す図を使います。この図において横軸は土壌雨量指数と呼ばれる値、縦軸は60分間の積算雨量(レーダと雨量計から求められる対象箇所での降雨量)を示します。この図の中で蛇が這ったようなジグザグ状の線(スネーク曲線と呼ばれます)が表示されています。具体的な評価方法は、この線により描かれる現状値が、2時間先までにあらかじめ設定されたピンク色の危険度領域に進むのかどうかを検討することになります。仮にスネーク曲線がピンク色の領域に進むことが予想されれば、土砂災害警戒情報として発表されます。

図-4 土砂災害の危険度評価の例(富山県)
http://www.sabo.pref.toyama.lg.jp/
3-3 土壌雨量指数
最近、報道で土壌雨量指数という言葉が出てくるようになりました。土壌雨量指数とは、降雨が地盤に浸透し、水分量としてどれくらい溜まっているのかを示す指標です。斜面(地盤)内に存在する地下水は、大局的な動態として降雨の浸透、地下水の形成、そして流出の過程になりますが、詳細は地質構造を反映して非常に複雑です。
そこで図-5に示すように、斜面に降った降雨の流れを、地表面に流れるもの(表面流出)、浸透した後に表層部で流れるもの(表層浸透流出)、そして斜面の深部を流れるもの(地下水流出)と見なします。斜面内に溜まっている水分量の計算は、水の流出や浸透を想定した穴が開いた貯留タンクを3段、上から順に表面流出、表層浸透流出、そして地下水流出を表現している(タンクモデルと呼ばれています)と考えます。

図-5 雨水浸透のモデル化とタンクモデル(気象庁)
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/dojoshisu.html
図-6は、計算時に用いる3段のタンクと用いる各諸元を示したものです。この図において、S1~S3は各タンクの貯留高さ、α1~α4は各流出孔の流出係数、β1~β3は各タンクの浸透流出孔の浸透係数、L1~L4は各流出孔の高さです。先に述べたように、実際の地質構造は複雑ですが、土砂災害警戒情報を運用する上で各係数は、全国一律の値が用いられます。本来であれば、地域に即した値を用いるべきではありますが、それぞれの地域条件に対する数値を準備するには、かなりの数の検証もしなくてはいけません。また解析の対象が豪雨時の比較的浅い斜面崩壊であり、斜面の深い場所で移動が生じる地すべりや、融雪水の浸透過程が考慮されていないことに注意しなければなりません。

図-6 タンクモデルにおける各諸元
気象庁に加筆:数値はIshihara et al.(1979)による
3-4 土砂災害警戒情報の例と私たちが取るべき行動
図-7は、本県ではありませんが最近の土砂災害警戒情報として、気象庁のweb上で発表された九州地方の例を示します。この図において5種類の色調で危険度が示されています。これらの色調に対する避難行動の例を図-8に示します。両図において私たちは、黄色の段階(注意)で実際の降雨状況に留意し、赤色(警戒)で指定された避難場所への避難行動を開始することを考えなければなりません。市町村から避難勧告が発令されていれば、危険度分布に関わらず速やかに避難行動を開始していただきたいと思います。

図-7 土砂災害危険度の分布例(2020年7月6日13:20九州地方:気象庁)
https://www.jma.go.jp/jp/doshamesh/index.html

図-8 土砂災害危険度と避難行動(気象庁)
https://www.jma.go.jp/jp/doshamesh/index.html
図-8において、濃い紫色(極めて危険)で評価されている場合は、安全なところへすでに避難が完了している状態になります。万一避難ができていない場合は、避難経路上で危険な箇所が存在している可能性がありますので、斜面から離れたできるだけ高い箇所へ避難をし、被災リスクを低減する行動をとる必要があります。これらの行動のためには、自助が必要であることを念頭に、常日頃、市当村から配布されているハザードマップの確認だけでなく、実際の避難経路や避難箇所を確認することが重要です。
4.おわりに
最後に、九州地方をはじめとして今年も甚大な土砂(+洪水)災害が発生しています。本県は、先人の努力により最近は大きな土砂災害が少ない状況です。しかしながら土砂災害は、思わぬ時に発生するものです。たとえ土砂災害警戒情報が空振りに終わったとしても、現状は完全に予測ができないことも勘案し、油断をしないようにしたいものです。
参考文献
(一社)斜面防災対策技術協会(2018):富山県の斜面防災を語る、斜面防災技術、Vol. 45, No. 3, pp.21-33.
Ishihara, Y. and S. Kobatake (1979): Runoff Model for Flood Forecasting, Bull.D.P.R.I., Kyoto Univ., 29, pp. 27-43.
気象庁ホームページ 防災情報 大雨警報(土砂災害)の危険度分布
https://www.jma.go.jp/jp/doshamesh/
気象庁ホームページ 知識・解説 気象警報・注意報 土壌雨量指数
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/bosai/dojoshisu.html
国土地理院ハザードマップポータルサイト https://disaportal.gsi.go.jp/
富山県土木砂防課ホームページ http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1505/index.html
ふるや・げん 千葉県出身。京都大学大学院理学研究科修了後、京都大学防災研究所、日本工営株式会社、新潟大学災害・復興科学研究所等を経て着任。自然災害科学、土木地質学、地盤工学、応用地球物理学等を専門とする。