揺らぐサムスン共和国:ベトナム企業に足元を脅かされるサムスン電子
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
全社の収益を左右するベトナム事業
サムスン電子の海外3大生産拠点は、中国、インド、そしてベトナムである。新型コロナウイルスの影響で、ベトナムの工場が稼働率を大幅に落としているとの報道はないが、サムスン電子にとってベトナムが最大の投資先であることから、ここでの事業如何は、全社の収益を左右することになる。
ベトナムにとっても輸出の25%が、サムスン電子に関連する製品で占められている。ベトナムは、新型コロナウイルスの影響が軽微であったとはいえ、韓国から技術者を数百人単位でベトナムに送り込む手続きに、かなり手間と時間がかかり、工場の稼働に少なからずダメージを与えたことは言うまでもない。
今年2月にサムスン電子は、ベトナムの首都ハノイのSTAR LAKE(THT)新都市に、東南アジア最大のR&Dセンターの建設に着工した。2022年に完成する予定だ。このR&Dセンターが完工すれば、ハノイ市内の既存の研究所(SVMC:サムスン ベトナム モバイル研究所)のスタッフ2,200人と合わせて、研究員数は大幅に増加する。
サムスン電子がベトナムを生産拠点にとどまらず、研究開発拠点としても強化することを決定した矢先、ベトナムのスマートフォン市場をめぐり急激な変化が起こりつつある。
GfK(ドイツに本社を置くマーケティング会社)の統計データによると、昨年4月サムスン電子のベトナムにおける スマートフォンの市場占有率は50.9%であったが、1年後の今年3月には30.1%まで激減している(図表1)。わずか1年間でサムスン電子は20ポイントものシェアを落としている。

図表1 サムスン電子のベトナムにおけるスマートフォン占有率の推移
資料 : ドイツ市場調査会社GFK(2020年4月13日)より作成
ベトナム市場に食い込む中国企業
これはインド市場でみられたような、シャオミ、VIVO、OPPOなどの中国企業がベトナム市場に食い込んだ結果だけではなく、ベトナム現地メーカー・ビングループ(58社から構成されるベトナム最大のコングロマリット)が、スマートフォン事業にも急速に力をつけてきたことによる。
このビングループの子会社ビンスマート(VinSmart)は、昨年4月、スマートフォン市場で6.2%のシェアだったのが、今年3月には16.7%とサムスン電子とは逆に1年間に10ポイント以上シェアを伸ばしている。
サムスン電子のベトナム市場は高級機種から低価格機種まで豊富な品ぞろえを特徴としているが、市場の大きい低価格市場では、中国のOPPO、シャオミ、そしてビンスマートなどが圧倒している。今やビングループは、”ベトナムのサムスン”とまで呼ばれるまでに成長している。
ビンスマートは昨年、富士通や米国・クアルコムと技術提携を結び、今年から5Gスマートフォンである高級機種の生産にも乗り出している。高価格製品においてもサムスン電子を脅かす存在となりつつある。
こうしたベトナム市場における構造変化は、サムスン・ベトナム法人の売上高は伸びているものの、純利益率が低下傾向となっていることに表れている。今年第1四半期の売上高純利益率をみると、ベトナム・バクニン省の携帯電話第1工場(SEV)が7.9%、タイグエン省の携帯電話第2工場(SEVT)が9.1%、サムスン・ディスプレイ(SDV)が3.1%を維持しているが、ここ数年、全体的には低下傾向にある(図表2)。

図表2 ベトナム法人の売上高、純利益率の推移(単位 : 100万ウォン)
資料 : 金融監督院電子公示システム(2020年5月15日)より作成
サムスン電子にとってベトナムの事業環境は、中国企業とベトナム企業の台頭に加えて、賃金の急上昇、ジョブホッピングが激しく熟練工が育たないこと、インフラ不足、各種法制度が不透明、など厳しいものであることに変わりはない。
サムスン電子は世界最大のスマートフォン生産・輸出拠点、そして東南アジア最大の研究開発拠点をベトナムに築き、ブランド力を不動のものとしたかに見えたが、今や中国企業の猛追だけでなく、ベトナム現地企業からの激しい追い上げも受けており、中国から携帯電話3工場をすべて撤収した悪夢が、数年後、ベトナムでも起こり得るのではないか。
その時ビングループは、ベトナム国内市場だけではなく、短期的には周辺国のラオス、カンボジアなどの市場、中期的にはアセアン諸国全体の市場も視野に入れると予測され、サムスン電子のベトナムでの地位は足元から揺らぎ始めている。