とやまの土木―過去・現在・未来(28) 路面電車と暮らし・仕事・買い物
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 星川圭介
富山地鉄と富山ライトレールが富山駅で一本につながる3月21日が目前に迫ってきました。2本の路面電車の南北接続によって市内の移動がこれまで以上に便利になるものと期待されています。そこで今回は、路面電車が地元地域に果たしている役割と直面する課題を改めて振り返ったうえで、南北接続に期待されることについて考えてみます。
路面電車の特徴
路面電車は19世紀のドイツに生まれ、乗合馬車や、その発展型である鉄道馬車に代わる信頼性の高い都市内交通の手段として瞬く間に世界に広がりました。しかし1930年代には早くも衰退局面に差し掛かります。その理由が移動の自由度の高い自動車の普及であったことは衆知のとおりです[1]。道路を走るという点ゆえに自動車との競合は避けられず、利便性において自動車に勝てなかったのです。
路面電車が現在再び注目されている理由もやはり、道路を走るという点にあります。路面電車は環境負荷や輸送能力の面で同じく道路を走る自動車や路線バスより優位で、さらに既存の道路に軌道を敷設すればよいため、地下を掘削したり専用の高架を設けたりする地下鉄やモノレールなど比べると敷設のコストを抑えることができます。環境配慮が求められる時代となり、低コスト・低効率の路線バスと高コスト・高効率のモノレールや新交通システムの間を埋める公共交通として期待されているのです [2]。
このように環境配慮や都市計画上の利点により見直されている路面電車ですが、都市計画者ではなく市街地を移動する個々人の視点に立ち戻れば、路面電車はその衰退原因となった自動車と競合関係を本質的課題として抱えていることにも留意しておく必要があります。
路面電車と沿線地域
自家用車が一家に1台(あるいはそれ以上)普及した現代において、路面電車は地元地域の居住地選択や事業所立地にどのような影響を与えているのでしょうか。
筆者が指導するゼミに所属し、この3月に卒業する的場裕也君は、利用客数の少ない路面電車がそれぞれの地域でどのような役割を果たしているのかという点に興味を持ち、卒業研究「沿線地域において路面電車が果たす役割の定量化」にまとめました[3]。対象としたのは全国の路面電車のうち利用者数が少ない7路線と三大都市圏以外で比較的利用者数が多い2路線です(図1)。

図1 全国の路面電車利用者数[3]
青文字は分析対象路線
図2と3は的場君の研究結果の一つで、函館市(函館市電)と富山市(富山地鉄)沿線における人口や事業所数の変化を示したものです。函館市では事業所数減少が特に路面電車の沿線で著しいことが分かります。富山市はそれほど明瞭ではありませんが、やはり周囲に比べて沿線での事業所減少が目立ちます。人口動態も同様です。

図2 函館市電沿線における2005年から2015年の人口動態(左)および2001年から2014年の事業所数変化(右)[3]

図3 富山地鉄沿線における2005年から2015年の人口動態(左)および2001年から2014年の事業所数変化(右)[3]
路面電車はもともと街の最も繁華な地域に引かれるもので、その沿線には他の地域より多くの事業所が立地していたはずです。ですから地方の衰退により事業所が減少傾向にある中で沿線の減少はどうしても目立ちます。しかし図1と2の中でも一部の地域では人口や事業所が増加していることから、函館市や富山市においては路面電車が人口や事業所を引き付ける有力な因子とはなりえていないものと推察されます。
路面電車の利用目的
それでは路面電車はどのような目的で利用されているのでしょうか。同じく的場君の卒論から見ていきましょう。
路面電車の主な利用目的は各駅の乗降客数と各駅周囲に存在するものの関係から計ることができます。例えば通勤目的が多ければ、事業所が多い駅での乗降が多いはずです。そこで駅周囲の事業所数、学校定員、小売り事業所数、観光地の有無、バス停の有無、他の鉄道駅の有無、人口を指標として、それぞれが各駅の乗降客数にどの程度影響しているのか、多変量解析という手法を用いて評価しました。その結果をまとめたものが表1です。

表1 各路線において各駅の乗降者数に影響している因子[3]
5%レベルで関連の統計的有意性を判定した。
いずれの路線でも駅周囲の人口と乗降客との統計的に有意な相関は認められませんでした。路面電車を日常の足とする沿線住民の割合が限定的であることが示唆される結果です。さらに、事業所や小売事業といった日常の通勤先や買い物先の数との相関が示されたのも、長崎と熊本、函館、福井のみでした。
一方で、他の鉄道路線もしくはバス路線への乗り継ぎがある駅で乗降客数が多いという関係がすべての路線において示されており、ここからは路面電車が沿線住民に限らず広く客を集め、沿線以外に広がる目的地に向けて客を運んでいるという姿が見えてきます。また、多くの路線において乗降客数と学校定員の間に相関があることからは、生徒や学生の通学手段としての役割を担っていることが確認できました。
乗り継ぎ客と通学客に共通する点とは何でしょうか。それは自家用車の利用ができない、もしくは利用がしにくいことです。高校生以下は自動車の免許を持っていませんし、自動車通学を禁じている大学も多いでしょう。またバス停や鉄道駅までの足として自家用車を使用すれば、駅やバス停周辺に駐車場を見つける必要があります。バスや鉄道で最終目的地との間を往復するわけですから駐車料金もかさむでしょう。裏を返せば出発地と目的地が沿線にあり自家用車を持っている人は路面電車を利用していないのです。
路面電車を活かしたまちづくり
路面電車が自家用車との競合に勝つためには、自家用車の利用が相対的に不便になるようなまちづくりをすればよいのですが、話はそう簡単ではありません。
富山地鉄沿線には多くのコインパーキングがあります。料金設定も手頃で、短時間の利用なら路面電車の往復運賃より安上がりです。ここには、富山において土地の希少性がそれほど高くないこと、商業や就業の郊外化によって本来の都市機能である小売業やオフィスビルの収益性が低下し、駐車場のほうが利益を上げやすくなっていることなど、都市としての在り方に関わる根の深い問題が横たわっています。
富山市とほぼ同規模の人口を持つ長崎の市電が健闘している(図1)のは、地形の関係で土地の希少性が高く、事業所が中心部に集まりやすいためでしょう(図4)。

図4 長崎市中心部の地形と市街
灰色は建物の外周線
国土地理院基盤地図情報より作成
富山市が実験的に実施しているトランジットモール(歩行者と路面電車のみが通行可能な区間を設定する)のような取り組みを1日ではなく長期間にわたって実施することでも、まちなかに向かう自動車交通の利便性を低下させることは可能です。しかしそうした場合、そもそも路面電車沿線を含む中心市街地が買い物等の目的地として選ばれなくなる可能性があります。人を引き付けるイベントを恒常的に行うことも難しいでしょう。
路面電車が利用されるためには、まず、買い物や就業の目的地として中心市街地が選ばれ、さらにその上で交通手段として選ばれるという2段階のハードルを越える必要があります。大型ショッピングモールが県内の郊外に点在し、自家用車でのアクセスが良好な富山県においては、まず1段目のハードルが高く、それが中心市街地の空洞化を招いて2段目のハードルの高さも上げています。この悪循環を何とか逆回転させる必要があるのです。
中心市街地に人が集まるようになれば、土地の希少性や収益性も上昇して路面電車にとって有利な環境となります。今回の南北接続で富山市の北部から中心市街地へのアクセスが格段に向上します。このチャンスを中心市街地での買い物客の増加につなげ、さらに商業機能や就業先の拡大、沿線住民の増加という好循環につなげていけるかどうか、期待しつつ見守りたいと思います。
参考文献
[1] 中尾正俊・八木秀彰(2010)「路面電車の社会的役割と機能の変容」広島修大論集 51(1), 71-94
[2] 国土交通省(2005)「まちづくりと一体となったLRT導入計画ガイダンス」
[3] 的場裕也(2020)「沿線地域において路面電車が果たす役割の定量化」富山県立大学卒業論文
ほしかわけいすけ 滋賀県出身。京都大学農学研究科卒業後、総合地球環境学研究所、京都大学東南アジア研究所、同地域研究統合情報センターを経て着任。空間情報解析および農業土木を専門とする。測量士。