揺らぐサムスン共和国:インド・ベトナム市場で苦戦するサムスン電子

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 最低賃金の引き上げに伴う製造原価の上昇、遅々として進まない規制緩和、近代化しない労使関係など、韓国企業にとって国内の経営環境は悪化の一途を辿っている。韓国内に投資をするインセンティブは見当たらず、財閥だけでなく中小企業の海外展開も加速している。

 サムスン電子のスマートフォンを例にとると、韓国内で唯一生産拠点となっているのは亀尾(グミ)工場だけである。亀尾では、スマートフォンの中でもギャラクシーホールド(折り畳み式)などのプレミアム製品の開発と生産に特化している。全世界で年間3億台前後の生産目標を掲げるサムスン電子にとって、亀尾工場の役割は、最先端製品の開発に限定され、台数ベースでみれば微々たるものに過ぎない。

 これまでスマートフォンの生産拠点として中核的な役割を果たしてきた中国は、賃金上昇が生産コストを押し上げ競争力を失ったこと、中国市場に陰りがみられたことなどから、サムスン電子は天津、恵州、深圳の3工場を相次いで閉鎖した。

 中国の3工場を閉鎖したことにより、サムスン電子のスマートフォン生産工場は、亀尾、ベトナム2工場(タイグエンとパクニン)、ブラジル2工場(マナウスとカンピナス)、インド、インドネシアの7カ所に集約された。これら拠点の中で、中国に代わる輸出拠点がインドとベトナムである。

 インドのノイダ工場の生産能力は、現在の6,800万台から年内には倍の1億2,000万台まで拡大する見通しである。拡大するインド国内市場はもとより、中東、アフリカ、欧州市場への輸出拠点としての役割も担う。

図表① インドにおけるスマートフォン市場のシェア変化
資料 : カウンターポイント リサーチ

 このインドのスマートフォン市場に異変が起こっている。昨年、約1億6,000万台と米国を抜いて世界第2位の市場規模に達したインドにおいて、シャオミ、VIVO、OPPO、REALME(2017年にOPPOから分離独立した企業)など中国企業の出荷台数がそれぞれ前年同期比で伸長したのに対し、サムスン電子は低価格機種を投入したにもかかわらず伸びず、シェアも1ポイント落としている(図表①)。

 インドを凌ぐスマートフォンの最大生産拠点はベトナムにある。ベトナムで生産されるスマートフォンは2億4,000万台に拡大しており、今やベトナム総輸出額の24.5%(2018年基準)を占め、現地雇用も電子、ディスプレイ部門などを合わせると、14万5,000人に達している。

 しかしこのベトナムにおいても、スマートフォン市場が中国企業に奪われつつあり、この結果、サムスン電子は、過剰生産能力に伴うサプライチェーンの再構築に追われている。

図表② 墜落するサムスン電子のベトナム スマートフォン市場占有率
資料 : GfK

 GfK(ドイツに本社を置くマーケティング会社)によるスマートフォンの統計データによると、昨年3月サムスン電子のベトナムにおける モバイル市場占有率はえ50.9%であったが、そのわずか8カ月後の11月には34.7%まで激減している(図表②)。

 この背景には、中国企業シャオミ、VIVO、OPPOなどがODM(Original Design Manufacturing:製品の設計から製品開発までを受託者が行うやり方)方式で価格競争力を高め、市場拡大に拍車を掛けていることが挙げられる。アップル、ノキアなどもすでにこの方式を100%導入している。

 この方式を支えているのは台湾企業「フォックスコン(鴻海精密工業)」だけでなく、中国企業「ウォーターワールド(沃特沃徳)」や「ウイングテック(聞泰)」などがある。

 乱立気味のスマートフォン市場に、ベトナム国産メーカーもODM方式で参戦してきた。その代表格がビングループ(58社から構成されるベトナム最大のコングロマリット)である。

 このビングループが生産するスマートフォン・ビンスマート(VinSmart)が、昨年11月には6%のシェアまで拡大している。やはりスマートフォンのようなモジュール製品では、3~5年で類似製品を生産する新たな企業が次々と登場し、激しい価格競争が常に展開される。

 サムスン電子は、インド、ベトナム市場でのシェア奪還に向けてODM方式を導入する考えと伝えられているが、両国の過剰生産能力は、輸出圧力を高めるものの、新たな市場開拓には時間がかかるため、サプライチェーンを早急に再構築する必要に迫られている。

 サムスン電子は世界最大のスマートフォン輸出拠点をインドとベトナムに築いたものの、今や中国企業の猛追だけでなく、ベトナム地元企業からの追い上げも受けており、安定したサプライチェーンを構築する間もなく、次の一手を編み出す必要に迫られている。