揺らぐサムスン共和国:社会的価値観と乖離するサムスン財閥

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢 

 サムスングループは、「国政壟断事件」破棄控訴審の長期化、サムスンバイオロジクスの粉飾会計、サムスンエバーランド・サムスン電子サービスの労組設立の妨害疑惑などの相次ぐ裁判への対応に追われ、定期役員人事はひと月以上遅い今年1月に執行、経営戦略の方針確立、組織改編などにも遅れが目立ち始めている。

 2019年8月、李在鎔(イ・ジェヨン)サムスン電子副会長に対して1審では懲役5年を宣告、2審では懲役2年6カ月に執行猶予4年を宣告したことに対して、大法院が2審の判決をソウル高等法院に差し戻した。

 これを受けて2019年12月初め、李サムスン電子副会長とサムスン関係者5人に対する朴槿恵(パク・クネ)前大統領の「国政壟断事件」破棄控訴審3次公判が、瑞草洞(ソチョドン)のソウル高等法院で開かれた。

 ソウル高等法院で開かれた李副会長に対する破棄控訴審3次公判で検察は、「サムスングループが李被告人の利益最大化のために計画して組織的に推進したとのことを内部文書で立証する」との意志を表わした。このことはサムスン物産と第一毛織の合併当時にまで遡り、それを証拠として提出することを意味する。

 合併のやり方を振り返ると、第一毛織はサムスンバイオロジクスの最大株主であり、サムスンバイオロジックスは、サムスンバイオエピスという子会社を保有していた。サムスンバイオエピスの価値を高めるために、帳簿価格が約3,300億ウォンの会社を関係会社に変更して、市場価格約4兆8,000億ウォンとする粉飾会計が行われた。サムスンバイオエピスの価値が上がればサムスンバイオロジクスの価値が上がり、サムスンバイオロジクスの価値が上がれば第一毛織の価値が上昇するという仕組みであった。

 こうして第一毛織-サムスンバイオロジクス-サムスンバイエオエピスの支配構造を確立し、粉飾会計を通じてサムスンバイオロジクスの子会社サムソンバイオエピスが帳簿価額でなく市場価額に評価されて、2015年7月、李副会長はサムスン物産と第一毛織が1:0.35割合の合併という、有利な交換比率を享受することができた。

 サムスン物産との合併で第一毛織の価値が高く評価されることで、第一毛織の最大株主であった李副会長は、合併後サムスングループのコントロールタワーの機能を持つサムスン物産の株保有率が17.1%と最大株主となったのである。

 サムスンバイオの粉飾会計を裁判所が、不当な合併を通した経営権継承作業との関連を認めた場合、2015年の第一毛織とサムスン物産の合併に遡って不正が確定することになり、李在鎔副会長の継承権そのものが根底から覆されることになる。

 2019年12月、ソウル中央地方法院は、サムスンバイオロジクスの粉飾会計とは直接関係がない、労組設立妨害工作に関わる情報が書き込まれた共用サーバーを工場の床下に隠すなど組織的な証拠隠滅事件に対して、サムスンバイオロジクスの幹部ら8人全員に1審で懲役8月から1年6月、執行猶予2-3年の判決を下した。

 なおソウル中央地方法院は、争点となっている粉飾会計に対する最終結論を出していないが、この裁判の核心は、悪質な証拠隠滅により経営権継承のために粉飾会計を実行したのではないかとの疑惑であり、「国政壟断事件」の判決にも少なからず影響を与えるといわれている。

図表 李副会長の裁判に係わる主な経緯
資料 : 筆者作成

 昨年12月にも、サムスンエバーランド(サムスン関係者11人)とサムスン電子サービス(同関係者32人)の労組設立妨害疑惑事件の1審公判が開かれた。サムスンエバーランドの件でソウル中央地方法院は、当時、労組瓦解事件に司令塔の役割を果たしたサムスングループ未来戦略室11名全員に実刑を宣告した。

その4日後のサムスン電子サービス関連裁判でも、未来戦略室人事支援チーム主導による労組瓦解工作、いわゆる「グリーン化」戦略を実行した疑惑で、前・現職役員32人のうち26人が有罪の判決を受け、実行を企画した幹部7人を法廷拘束した。

 いずれにしても、オーナー家主導の事業再編と継承権の世襲過程には、過去も今回も暗い影がつきまとう。サムスン財閥にとって深刻な問題は、2016年11月に始まった李副会長に係わる裁判が3年以上にわたり、破棄控訴審の長期化である。

 この意味で2020年1月17日の破棄控訴審4次公判は注目された。しかしソウル高等裁判所は、サムスンが新設した遵法監視委員会の実効性が認められればこれを刑量に反映すると明らかにしたことで、韓国民との意識のズレが鮮明となった。金持ちは罪を犯しても無罪となり、貧しい者は罪が無くても有罪となるという前近代的な価値観を思い起こさせる。

 李副会長の破棄控訴審宣告が、早ければ2020年2~3月、サムスン側弁護団による追加証人などで、最悪4~5月までずれ込む可能性がある。これら一連の裁判を通じてサムスン財閥に求められているのは、国民目線での透明性のある経営スタイルであり、社会的に変化する価値観に対して企業内部から主導して変革していく体質であり、踏襲されてきた旧来の経営に固執することのない柔軟な対応である。