とやまの土木─ 過去・現在・未来(25) 人口減少社会における地方自治体財政

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科講師 立花潤三

 我が国の人口は2018年12月の時点で1億2642万人であり、今後急速に減少していくことが予想されています(図-1参照)。併せて高齢化率も上昇していくことで、労働人口は急激に減少していきます。しかもこれは全国一律的に減少するわけではなく、東京などの大都市圏への集中傾向は続き、地域間格差はより大きくなることが予想されています。

図-1 我が国の将来人口推計(国立社会保障・人口問題研究所)

 2014年に「消滅する市町村523 壊死する地方都市」という特集記事が中央公論に掲載されました。これは後に地方消滅(増田寛也ら,2014)にまとめられ、増田レポートとして当時の地方自治体関係者に衝撃を与えました。この中では、全国1799の市区町村のうち896の市町村が“消滅可能性都市”として名指しされています。名指しされた市町村はたまったものではありません。そもそも人口減少の要因は、出生率と移出入率です。

図-2 我が国の出生数・合計特殊出生率(人口動態統計 厚生労働省)

 図-2に我が国の出生率の経年変化を示します。昭和22年の第1次ベビーブームの出生率は4.3、昭和46年の第2次ベビーブームでの出生率は2.1であったのに対し、平成30年の出生率は1.4です。2003年に施行された次世代育成支援対策推進法を皮切りに、これまで多くの少子化対策が行われてきましたが、人口減少を食い止めるほどの効果は残念ながら出ていません。第2次ベビーブームが過ぎて以降、長い間出生率の低下を許してきた我が国においては、仮に今から急激に出生率が上昇したとしても、大幅な人口減少は避けられない状況にあります。

 そして、出生率が現状のように微増で推移していくと仮定した場合では、地方部の多くで人口減少は負の連鎖に陥り抜け出すことができません。さらに地方部から大都市圏への人口流出が追い討ちをかけ、その先には消滅の危機が待ち受ける、というのが増田レポートのストーリーです。

 これは、出生率、移出入率などが現状を反映して推移するという条件下での一つのシナリオに沿ったレポートですが、地方自治体が直面している人口減少の危機的状況を警鐘をもって説明している点において重要な意義があったものと考えます。

 ちなみに、現在の地方創生戦略はこのレポートがきっかけとなって国が動いたものです。富山県を見てみると、全国平均よりも人口減少、高齢化率は急速に進む予想となっており、2045年には高齢化率40.5%、人口減少率は23.3%となることが予想されています(国立社会保障・人口問題研究所)。さらに富山県の中でも大きな格差があり、前述した消滅可能性都市に入っている市町村もいくつかあります。

 人口の減少は、県民総生産、県内市場、そして税収の減少に直結することから、地方財政の逼迫化を招きます.地方自治体が抱える債務残高は、現状で既に200兆円を超える額となっています.富山県を見てみると、平成30年度末の県債残高は1兆2,101億円となっており、歳出の約20%はこの公債の返還に当てられているのです。

図-3 我が国のインフラ維持管理費用の将来推計(内閣府資料より)

 また、高齢化が進めば当然医療・福祉関連の費用は増大していきます。更に、現在抱えるインフラ施設は、高度成長期に建設されたものが多く、今後その更新・補修費用が増加していくことが予想されます(図-3参照)。このような厳しい地方財政下において、インフラ施設、行政サービスを維持管理し、住民の安心・安全な生活を守っていくという難しい課題に多くの地方自治体が直面しています。

図-4 平成30年度富山県歳出

 平成30年度分の富山県の歳出割合(図-4)を見ると、最も大きいのが教育費で1046億円(23%)、次いで公債費897億円(19.7%)、そして土木費663億円(14.6%)と続きます。今後、歳入が削られていく中で、土木費、衛生費など増加を余儀なくされる分野があるということは、どこかを削らなくてはなりません。この難しい舵取りをこれから地方自治体は行っていかなくてはなりません。

 この見極めが鈍いあるいは遅ければその分、地方財政が破綻する可能性は高まっていきます。地方自治体の財政破綻は、そんなに遠くない未来の問題です.地方創生戦略が功を奏し地方財政が豊かになれば、問題は無くなりますが、今のところそこまで劇的に地方経済が活性化したという話は聞こえてきません。

 このような社会情勢に合わせた合理的な費用配分を行うには、自治体が提供するハード及びサービスを俯瞰的に検討する必要があります。この全体マネジメントを数理計画的な視点から観察してみます。数理計画法は、ある制約条件下である目的関数を最大化(もしくは最小化)するための数学的手法です。代表的なものに線形計画法や非線形計画法などがあります。

 この自治体財政問題の目的関数は、当然、県民のQOL(Quality of Life)の最大化です。そして第一の制約条件は使用できるお金(歳入)です。県民のQOLとは、厳密に見ていくと例えばWHOが提唱するように、「身体的領域」「心理的領域」「自立のレベル」「社会的関係」「生活環境」「精神性/宗教/信念」の6分野に分けられ、さらに細かい要因に分けられます。

 要するに県民が身体的、精神的、社会的、文化的に満足できる豊かな生活を営めるための要因のことであり、その範囲は多岐にわたります(例えば県民1人当たりの病院の数、学校の数、歩道整備状況、上下水道整備状況、大気環境など多数)。このQOLの最大化問題を解くには、まずQOLを構成する各要因の重み付けを決定する必要があります。重み付けとは、病院の数と学校の数どっちが重要かという重みであり、この重みが決まらないと数学的処理ができません。

 通常このような多要因間の重み付けはアンケート調査などを用い、一対比較法やコンジョイント分析などを用いて決定します。しかし住民QOLの場合、構成する要因数が多すぎて、これらの手法が適用しにくいという問題があります。情報化社会が進展し、こういった情報が充実してくれば分析も可能になりますが、現在の状況では、数学的手法での正面突破は難しい状況にあります。

 しかしながら、全体的な最適化志向はこれからの自治体運営には不可欠であることに変わりはなく、このまま手をこまねいている間に、いつの間にか破綻への道を進んでいるかもしれません。数学的手法は時代とともに変化しています。特に近年の計算機能力の飛躍的向上は様々な影響を及ぼしています。

 ここで計算機能力の向上が可能にした手法で、今回の最適化問題への利用が有効な手法の一つを紹介します。シミュレーテッドアニーリング手法は、元々は機械工学から転用された手法であり、非線形計画問題における大域的最適解を探索するのに優れた手法です。しかし従来その計算量の多さから、あまり多くの応用例はありませんでした。それが近年の計算機能の向上により、汎用PCでもこの手法を用いた計算が行えるようになり多様な分野で応用されるようになりました。

 このシミュレーテッドアニーリングを用いてQOLの重み付けを決定する場合、パラーメータ(ここでは重み付け)の初期値を与えて、それを微小変化させながら膨大な回数の財政シミュレーションを経て解を改良させながら最適解へと導きます。ただし、ここで求解された重み付けは、現在の予算配分を実現する重み付けを探しているだけなので、真の最適解を直接導出してはくれません。

 ここでわかるのは各自治体が顕在的かつ潜在的に住民QOLの何を重要視しているのかということです。この分析の意義は、他の国や地域と比較ができる点にあります。他の地域と比較することで、自分の自治体における住民QOLへの考え方を見直すことができ、これからの自治体予算配分に重要な指針を得ることができます。

 地方版総合戦略においてKPI(重要業績評価手法)を設定し、自治体施策の合理化・効率化を図ろうとしていますが、そもそもKPIやPDCAは手段であり、住民QOLを念頭に置いた全体マネジメントの認識が首長、地方議会、自治体職員、そして住民にしっかり備わっていなければ、手段に翻弄されて貴重な労力を無駄に費やすということになりかねません。そして、このようなリテラシーを高める上では大学の果たすべき役割も大きいものと考えています。

参考文献
・国立社会保障・人口問題研究所,日本の将来推計人口(平成29年推計)2017.
・厚生労働省、出生数及び合計特殊出生率の年次推移,2018.
・増田寛也 編著,地方消滅、中公新書,2014.
・内閣府,インフラ維持補修・更新費の中長期展望,2018.
・World Health Organization,The World Health Organization Quality of Life,1998.

たちばな・じゅんぞう

宮城県出身。立命館大学総合理工学専攻博士後期課程修了、豊橋技術科学大学COE研究員、大阪府立高等専門学校講師、鳥取県産業技術センター研究員、東京大学生産技術研究所研究員を経て富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科講師(現職)。環境システム、エネルギーシステム、地域計画などの諸問題への数理計画手法の適用などを専門としている。