とやまの土木―過去・現在・未来(24) とやまとSDGs

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 中村秀規
1.はじめに

 SDGs(エス・ディー・ジーズ)という言葉を聞いたことがあるでしょうか。聞いたことがない、という方から、よく知っているという方までいらっしゃると思います。2019年8月に富山国際会議場で行われた第27回地球環境シンポジウム(土木学会地球環境委員会主催)での一般公開シンポジウムの題目は「SDGs未来都市とやまから日本の将来を探る」となっており、SDGsがテーマでした。とやまの土木に関わる話として今回はこの土木学会も着目するSDGsを取り上げます。

2.SDGsとは何か

 SDGsは日本語では持続可能な開発目標と言われ、正式名称を『我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ』と言います。2015年9月に米国ニューヨークで開かれた国連総会で、193のすべての加盟国の代表者が全会一致で採択した文書です。

 自然環境も社会経済環境も持続不可能な現在のわたしたちの生き方・暮らし方を変革し、目指すべき持続可能な世界像を共有し、2030年までに地球規模課題の解決を目指す決意が表明されています。目指すべき世界像の具体的な内容が、17の目標と169のターゲットから成り立つSDGsです(図1参照)。目標1「貧困をなくそう」、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標14「海の豊かさを守ろう」などです。

2-1.なぜSDGs?

 SDGsがその背景に持つ世界観――わたしたちが望む世界(Future We Want)――は、すべてのひとの自由(freedom)とウェルビーイング(well-being、幸福)の実現です。自由には経済的自由(貧困の解消)と政治的自由(差別・抑圧の解消)が含まれます。また、ウェルビーイングにはヒト以外のいのちが含まれるという世界観もあります。

 これらは、2030年までだけに有効な世界観というよりは、それ以降をも射程とする、歴史的に探求されてきた、ひとびとが持つ真の望みを表していると言えるでしょう。そうした価値、あるいは尊厳が具体的にどういったものであるかは、変化しうるものでもあります。

 たとえば、LGBTや高齢化・高齢社会は2015年時点で目標に含まれていません。海に関する目標14の中で海洋プラスチック問題はとりあげられていません。文化も(自然)環境、社会、そして経済の3側面と並ぶもう一つの重要側面として取り上げるべきであるという考えもあります。しかし、SDGs(とそれを継承するいとなみ)が、そのときどきのひとびとの真の望みは何かという、探求と表現の過程そのものであることは、今後も変わらないでしょう。

 SDGsが画期的なのは、先進国も途上国も含めてどの国連加盟国をも対象として、「自らが変わる」ことを宣言したことです。(主に途上国の)困っているひとびとを助けるために(主に先進国・新興国のひとびとが)支援する、という側面がなくなったわけではありませんが、自分自身が変わることで持続可能な発展を、ここでもどこでも、実現すると言っているのです。

 実際、仮に、ウェルビーイングの指標として人間開発指数(平均余命・所得・教育水準を統合したもの)を、資源環境負荷の指標としてエコロジカルフットポイントを用いた場合、人間開発指数の十分な高さと、自然環境が持続的と考えられるほどのエコロジカルフットプリントの低さとを、双方とも達成している国はまだ一つも存在しません。

 つまり、人類全体として、(せいぜいが、今だけ、または特定の人々だけがよく持続する)持続不可能な経済発展を続けている、ということです(von Weizsäcker and Wijkman, 2018)。

 したがって、先進国といえども、さらに資源環境負荷を下げ、ウェルビーイングを維持向上する方策が必要ですし、途上国は、20世紀に先進国が歩んだ道のりとは別の道で、ウェルビーイングの向上と資源環境負荷の適正水準管理を果たさなければなりません。それはどちらの道も、昨日の延長としての今日と明日ではない、イノベーションでしょうし、道を歩く過程そのものが楽しく「よく生きる」ものでしょう。「自らが変わる」とはそうしたことを意味すると考えます。

2-2.日本とSDGs

 ではSDGsと日本を考える場合、気候変動対策や生態系保全、プラスチックといった(自然)環境問題に革新的に取り組むことが喫緊の課題ということでしょうか。それはまさしくそのとおりなのですが、「当たり前」が変わるような取り組みが必要なのはそれらに限りません(なお、気候学者の江守正多氏は、脱炭素過程には奴隷制廃止にも匹敵するような、化石燃料を使わないのが当たり前になるという常識や集合的信念の大転換が必要であると述べています)。社会経済的な側面を見ると、日本にもひとびとのウェルビーイングを向上させる余地が大きく残されています。

 そのことをわかりやすく共有する理念が「人間の安全保障」です。安全保障を総合的にとらえる概念である人間の安全保障は、日本によって広められてきました。2012年の国連総会決議では「あらゆる人間の命、生活、尊厳を守るために、人間を中心として統合的に様々な脅威と取り組む」という人間の安全保障の共通理解が合意されました(NPO法人「人間の安全保障」フォーラム、高須、2019)。

 昨年(2019年)亡くなられた元国連難民高等弁務官で元国際協力機構理事長の緒方貞子氏は、人間の安全保障に関する国際委員会の共同議長を務め、その概念を国際的に主流化するのに尽力されたのみならず、自らの生きようを通じて体現する方でもありました。

 この人間の安全保障の考え方で、誰も取り残されないというSDGsの理念をもとに、現在のSDGsの具体的項目では汲み上げつくせない日本の現状をとらえるため、人間の安全保障指標が提案されています。

 具体的には、命(23指標)、生活(42指標)、および尊厳(26指標)に関する91の客観指標と、質問紙調査(アンケート調査)に基づく自己充足度(4項目)、不安(1項目)、および孤立・連携性(3項目)に関する主観的評価からなります。

 これら指標については都道府県別に集計されており、富山県は47都道府県中、生活指数2位、命指数4位、尊厳指数18位に対し、連携性46位、自己充足度38位となっており、客観的な住みやすさとそこに生活する人の尊厳や息苦しさのような主観が大きく乖離していることが示されています。また、一般的に取り残されがちなグループとして子ども、女性、若者、高齢者、障害者、LGBT、災害被災者、そして外国人が取り上げられています(前掲書)。

3.とやまとSDGs

 それでは富山においてSDGsの取組みはどのようになっているでしょうか。日本におけるSDGs推進の仕組みの一つに国によるSDGs未来都市の選定があります。2018年には富山市が、2019年には南砺市と富山県が、それぞれ応募し、選定されています。富山市と南砺市は自治体SDGsモデル事業の実施対象にも選定されています。

 こうした自治体による取り組みの他、SDGsを達成するために富山県の市民団体、企業、大学、個人等のメンバーが集まって2018年に一般社団法人環境市民プラットフォームとやま(PECとやま)が設立されました。PECとやまによりSDGsを理解し実践するためのセミナー、フォーラム、ワークショップ、カードゲーム、学生によるSDGs小冊子の作成・配布などが行われています。

 私が所属する富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科の3年生対象の専門ゼミでは、今年度(2018年度)後半にPECとやまを協働相手とする地域協働教育として、PECとやまの会員団体でSDGsに取り組む担当者に「SDGs人」として取材する、という活動を行っています。

 3名の学生がそれぞれ異なる3つの企業・団体を訪問し、企業・団体としての取組みの内容・ねらいや、個人としての人となり・SDGsへの想いなどを伺いました。最終的にPECとやまさんのウェブサイトで記事が公開される予定です。大企業、中小企業、そして公益団体それぞれに違った背景を持ちつつも共有可能な活動も行い、共通言語としてのSDGsがそれらをつなぎ、新たな協働も生み出しうることは面白いと感じます。

4.おわりに:<わたし>とSDGs

 SDGsは個人、地域・国、そして人類・地球をつなげるヴィジョンです。今生きているひとびとをつなぐ共通言語であるだけでなく、過去に生きたひとびと、そしてこれから生まれてくるひとびとをつなぎ、文化・地球環境を継承させるいとなみです。すでにすべての<わたし>たちが意識せずに参加しているとも言えます。しかし意識してSDGsを知ろうとすること、聴いて考えて話そうとすることで、違う<わたし>も見えてくるかもしれません。

 2020年1月20日からは富山市SDGsウィークが始まります。このような機会を通じて新たな気づきを得て、Future We Wantが<わたし>にとってなんであるのかを探求する過程で、真の望みに応じた生きがいある暮らし、なりわい、そして人生が全体としても現れてくるのではないかと思います。そのための実験、実践を恐れず楽しむ勇気と好奇心を(まずは自分に)育てたいと考えています。

参考文献
・NPO法人「人間の安全保障」フォーラム、高須幸雄、『全国データ SDGsと日本』、明石書店、2019
・von Weizsäcker, E.U., Wijkman, A., Come On! Capitalism, Short-termism, Population and the Destruction of the Planet: A Report to the Club of Rome, New York: Springer, 2018.(エルンスト・フォン・ワイツゼッカー、アンダース・ワイクマン、『ローマクラブ「成長の限界」から半世紀 Come On! 目を覚まそう!』、明石書店、2019)

なかむら ひでのり

1972年岩手県生まれ。東京工業大学大学院社会理工学研究科社会工学専攻
博士課程修了、博士(学術)。国際協力事業団(現国際協力機構)、
地球環境戦略研究機関、名古屋大学大学院環境学研究科などを経て、
現職。専門は環境政策、環境ガバナンス、臨床環境学、社会工学。