キルギスからの便り(4) キルギスの日常料理、あれこれ
これらの料理には麺やご飯といった炭水化物がたっぷり使われているにもかかわらず、並行してパンも必ず食べる。日本でも見かけるような食パンもたくさんあるが、中央アジアでは「ナン」と呼ばれる円形で中央がくぼんだパンが好まれる。大きな筒状の窯の壁に貼り付けるようにして焼かれる。

ボルソック:祝い事やお客さんを招く時などに作られる。一口大に切った生地を大きな釜で大量に揚げる。
お祝いや行事があると作られるのが「ボルソック」という一口サイズの揚げパンだ。小麦粉でできた生地を薄くのばし、3、4センチ四方に四角く切り、油で揚げる。天ぷらやフライなど揚げ物の常だが、揚げた直後はとてもおいしい。しかしこちらでは特に揚げたてを食べることはなく、大量に作って翌日も翌々日も、3、4日後も冷たく硬くなったのをおいしそうに食べている。パンやナンも同じで、トースターで温め直して食べる習慣はない。
キルギスはかつて旧ソビエト連邦に属していたことから、ロシア料理も根付いている。それが証拠に街中で「ロシア料理店」を見つけることができない。どの食堂にも最低限のロシア料理は置いてあり、家庭でも作られるからだろう。
代表的なメニューをあげるなら、まず「ボルシチ」だ。サトウダイコンの一種「ビーツ」をたっぷり入れて煮込んだスープで、真っ赤な色をしている。この鮮やかな色が少々受け入れにくい日本人もいるかもしれないが、野菜の甘みが出ていて、キルギスで口にするスープの中ではもっとも味わいがあると思う。

ペリメニ:ロシア風水餃子。スメタナを入れたためスープが白い。
もう1つは「ペリメニ」。一言で言えば皮の厚い水餃子のスープである。皮の中身は多くの場合ひき肉だが、つぶしたかぼちゃが入っていることもある。餃子は大抵の日本人が好きだからペリメニも口に合うと思うが、キルギスへ来た当初は喜んで食べていた私も今は少々飽きてきた。スープに野菜がふんだんに入っている訳ではないので、味が単調になりやすいからだろうか。
ボルシチにもペリメニにも「スメタナ」という乳製品を入れて食べると味がまろやかになる。サワークリームと生クリームの中間のような味で、サワークリームのような酸味はなく、生クリームよりはさっぱりしている。

カーシャ:そばの実を牛乳で甘く煮たお粥。右上にあるのはカップ入りの市販のスメタナ
家庭料理でポピュラーなのは「カーシャ」だろう。米やキビ(黍)、そばの実、小麦などの穀物をやわらかく煮こんだ「お粥」である。学校の食堂で出るカーシャはいつも砂糖や牛乳で甘い味付けになっていて、当初はこの甘みが苦手だったが今では慣れた。
ウズベキスタンで最新の高速鉄道を使った際、行きは普通席で軽食にサンドイッチが提供され、帰りは少し値のはるVIP席に乗ったらカーシャが出てきた。VIP席がお粥というのは私には納得できなかったが、冷えたサンドイッチより温かいカーシャの方がもてなしとしては「上」だったのかもしれない。
食事にはお茶が欠かせず、紅茶か緑茶を飲む。大抵のキルギス人はたっぷりの砂糖を入れる。ここでは砂糖抜きの方が特殊なようで、私が砂糖を入れずに飲んでいると「なぜ砂糖を入れないの」とよく尋ねられる。その時は「なぜ砂糖を入れるの?」と返す。相手のキルギス人も明確な答えは持たない。単にそれが習慣だからと答える。
ロシア語でお茶は「チャイ」、砂糖は「サハル」と言い、砂糖入りのお茶は「チャイ・ス・サハラム」、砂糖抜きを「チャイ・ビス・サハラ」と言う。前回紹介したロシア語文法の面倒な「格変化」がこのサハルの変化に表れているのだが、キルギスにきて「チャイ・ビス・サハラ」という言い回しだけはすぐに覚えた。何も言わなければ砂糖入りを出される可能性もあるので、あらかじめ「砂糖なし」と断るためだ。
ついでに書くとコーヒーを日常的に飲む習慣はない。もし家庭で飲むとすればインスタントコーヒーだし、都心部をのぞけば、コーヒーマシンを置いている食堂は決して多くない。
キルギスの日常的な料理を駆け足で紹介したが、少しはこちらの食生活を想像していただけただろうか。野菜や果物、肉、乳製品などの食材に関してもお伝えしたいが、別の回でバザールの様子とともに紹介したいと思う。
世界中どこにいてもリアルタイムで海外の情報を得られるようになったが、味と匂いばかりは簡単に手に入らない。だからこそ、今自分がいる場所で求められる食べ物を存分に味わっておきたいと思う。
現地の人と同じものを口にしながら、その食べ物が生み出された気候風土、食材、人々の生活様式、嗜好を理解していくつもりだ。