キルギスからの便り(4) キルギスの日常料理、あれこれ

在キルギス共和国 倉谷恵子

 「食べ物は口に合いますか」。キルギス生活について日本で聞かれる質問の大方はこれだ。海外生活で誰もが等しく関心を持つのは食べ物だろう。「合わないことはないです」というのが毎度の答え。

 これまでに食事が原因で体調を崩したことはないし、激辛や激甘の味に閉口したこともないが、率直に言えば、塩と油を基本とした単純な味付けが多いうえ、季節感が少なくてほぼ一年中同じようなメニューを食べているから、かつお節や昆布の出汁による奥行きのある味付けを知っている日本人としては、積極的に「口に合います。おいしいです」とは答えられない。

 一方で香りや風味付けにはローリエ(月桂樹)やニンニク、胡椒など天然の材料が使われ、化学調味料による後口の悪さは経験しないから、シンプルで素朴な料理とも言える。

 味噌や海藻などをのぞけば、野菜や果物、肉、ご飯、パン、乳製品、菓子、酒など一般的な食品や嗜好品に不自由することはない。魚も売られているが、富山の新鮮な魚を知っている身としては、内陸国で口にする気にはなれない。

中央がマンティ、右がガンファン。マンティは細かくした牛肉と玉ねぎを炒めた具材を餃子の皮を厚くしたような生地で包んである。ガンファンは白いご飯に野菜と肉のスープがかかった料理。

 食べ物で日本と大きく異なるのは豚肉をほとんど食べられないことだろう。国民の大多数がイスラム教徒であることがその理由だ(ではなぜ酒は飲むのかと質問したくなるが、そこは目をつぶることにしよう。酒を飲まない敬虔なムスリムも少なからずいる)。中華料理屋などには豚肉を使ったメニューもおいてあるが、一般の店で「肉」と言う場合は牛肉を指すと考えていい。羊と鶏もよく食べられるが、その際は「羊肉」あるいは「鶏肉」と断りがある。

 私は牛肉と鶏肉は何ら問題なく食べるが、羊肉には抵抗がある。出されれば食べるけれど、望んで注文することはない。何となく「もやっ」とした匂いが口の中に漂うことが苦手だから。だがキルギス人にとって羊肉はとても大切で、祝い事があると必ず饗される。

 ホームステイをしていた頃、週末毎に招かれた宴席で幾種類もの料理を食べ、そろそろデザートが欲しいと思う頃に、目の前にどんとゆでた羊肉が表れて、卒倒しそうになった。甘いケーキやさっぱりした果物ではなく、羊肉で宴席を締めくくるとは、この国では社会常識も違うが、胃袋の常識も違うのだと実感したできごとだった。

 「キルギスの料理で何が一番好きですか?」。これは現地でキルギス人からもっともよく聞かれる質問だ。こんな質問を受け続けると、もしや自分も日本にいる外国人に「日本料理で何が一番好き?」などと聞いていたのではないか、とわが身を振り返る。それこそ「口に合わない訳ではないが、積極的に好きとも言えない」状況で、「好きな物」を選ばなければならないとなると、少々おっくうだ。

 定番の質問には定番の答えを口にするのが得策だ。「特にありません」と正直に答えても相手がへそを曲げることは多分ないが、「キルギス料理を全然食べてないのか? あれを食べろ。これも食べてみろ」とうるさく言われそうなので、1つか2つ伝統料理の名前をあげた方が、話を早めに切り上げられる。

 私は大概「マンティが好きです」と答える。マンティは牛肉と玉ねぎのみじん切り、かぼちゃ、ニラなどを炒めた具材を餃子の皮のような生地で肉まん状に丸く包み、蒸した料理。中華の点心のような感覚で、1つつまめば軽食に、3つ、4つと食べればしっかりした食事になる。

ベシパルマック:キルギス語で「5本の指」という意味。かつては手で食べていたことから名付けられた伝統的な麺料理

 マンティという答えでも相手は程々の笑顔になってくれるが、キルギス人がもっと喜んでくれるのは多分「ベシパルマック」という麺料理だろう。「ベシ」はキルギス語で「5」、「パルマック」は指を意味し、かつては5本指すなわち手で食べていたことから名付けられたという。具材は大抵肉と玉ねぎで味付けは塩。祝い事の席で必ず登場する伝統料理だ。冷えると白い脂が麺を覆い始めるので、いかに動物性脂肪が多いかが分かる。決して嫌いではないが、今のところ好きな料理には入らない。

 ベシパルマック同様に麺料理でポピュラーなのは「ラグマン」だ。私はマンティ以外に好きな料理を言う場合はラグマンをあげる。うどんよりも歯ごたえのあるしこしこした麺に、肉や野菜を煮込んだスープがかかっているタイプと、具材と麺を一緒に炒めてあるタイプがある。

ラグマン:うどんに似た麺に野菜と肉など具材のたっぷり入ったスープがかかった料理

 当初はうどんの外国版と見なして、さしてこの料理に感動もしなかったが、春先にカザフスタンを旅行した際、キクラゲと肉のたっぷり入ったラグマンに出合い、その味に目覚めた。食堂はもちろん家庭でも麺を粉からこねて作ることが多いようで、太さが不揃いなところが逆に自家製の味わいとして楽しめる。

 カザフスタン旅行でと書いたが、キルギスの伝統料理の大半はつまるところ「中央アジアの伝統料理」である。マンティやラグマンも味や形に若干の違いはあっても、お隣のウズベキスタンやカザフスタンでも食べられる。キルギスだけで食べられる料理は、実はほとんどない。

 せっかくなので中央アジアの伝統的料理をもう少し紹介しておこう。まずは「シャシュリク」。腕の長さ程の長い串に肉を刺して炭で焼いたもので、トルコの「シシカバブ」を想像してもらえばいい。料理と言うより単に肉を焼いただけのものだが、炭火ならではの野性味と適度な歯ごたえには「うまいっ」とうなってしまう。

シャシュリク:長い串に肉をさして炭火で焼いた料理。手前は牛肉、向こうは鶏の手羽。たれをつけても、そのままで食べてもおいしい。

 お次は「プロフ」。ニンジンや肉とご飯を炒めて炊き込んだもので、日本の「ピラフ」の元祖だ。外国の米はぱらぱらしたイメージがあるが、そうでもない。炊き込めば水分も適度に含み、油と相性のいいニンジンの甘みも出ていて食べやすい。海外ではご飯を食べる機会が少ないと思われそうだが、プロフやチャーハン、パエリアなどご飯料理は意外に世界中に広がっている。

プロフ:ホームステイ先で頻繁に食べた。ニンジンがたっぷり入っている。

 ご飯ものといえば「ガンファン」というメニューもある。これは白いご飯に野菜や肉のたっぷり入ったスープをかけたもので、ラグマンの麺を白いご飯におき替えたバージョンと言ってもいい。キルギスやカザフスタンに住むドゥンガン人と呼ばれる中国系イスラム教徒の料理である。これもご飯は決してぱらぱらではなく、日本人でも違和感なく食べられる。