とやまの土木―過去・現在・未来(22) 「令和××年度富山県豪雨災害調査報告書」を事前に想定してみる

富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 呉 修一

 富山で甚大な豪雨災害が発生し、例えば『令和××年度富山県豪雨災害調査報告書』を執筆することが今後あるのだろうか。台風19号の被害は記憶に新しく、未だ長野や福島などの被災地では復旧・復興に向けた取り組みが行われている。

 筆者は、土木学会中部支部の水害調査団の一員として、長野県千曲川の洪水氾濫の調査・解析に取り組んでいる(写真1)。本稿で水害調査の速報を記述することは、富山の土木を語る本連載には不適と考えている。よって、もし富山で甚大な洪水氾濫が生じたら、我々はどのような対応をとるのか? この点を事前に整理しておこうと思う。これにより、富山で水害が発生し災害調査や調査報告書の執筆などを行う必要がないよう、今後どのような対応が必要なのかを整理できる。

写真1  台風19号による長野県千曲川周辺の被害状況
(左上は被災したソーラーパネル、左下、右上は、被災した公共施設、右下は仮復旧した堤防の様子)

過去に従事した水害調査

 著者の前職(2016年3月まで)は、東北大学災害科学国際研究所災害リスク研究部門災害ポテンシャル研究室の助教であり(名刺に災害の文字が3つもあると笑われることも)、研究所では水害調査WGの代表を務めていた。本研究所は東日本大震災を契機に新設された東北大学の附置研究所で、水害発生時には、即座の対応が求められる(東北大学災害科学国際研究所HP参照)。2015年関東・東北豪雨での宮城県での水害調査をはじめ、2014年山形豪雨災害調査、2013年秋田・岩手豪雨災害調査など、東北地方の水害調査やその後の解析に従事している(河海工学研究室HP参照)。

 また海外では、2013年にインドネシア・ジャカルタ洪水調査およびフィリピン台風ハイエン水害調査などを取り纏めた。フィリピンではスーパー台風による強風と高潮・高波で8,000人以上の死者が生じ、なぜこのようなことが起きてしまったのか? 我々の調査は本当にフィリピンのためになっているのか? など様々なことを考える機会となった。

 このように毎年のように水害調査の実施、報告書を作成しても、水害の規模・被害は甚大化していく。大学や学会などの学術的な水害調査も事例報告ばかりで(起こってしまったことを解説するだけで、後出しジャンケン)、意味をなさないという批判を多く受けることがあり、これらの批判は真摯に受け止め猛省したいと思う。

 では、富山でも大規模な水害が生じた場合は、同様な調査を実施し報告書を執筆して終わりなのか? それではダメである。甚大な被害が生じないための研究、10年、20年後の災害を防ぐための研究が今必要である。

もし富山で大規模な河川洪水氾濫が生じたら我々はどのように対応をするのか?

 仮に、富山県で大規模な河川水害が生じた場合は、我々学術機関がどのような対応をとるのかを簡単に整理してみたいと思う。水害が発生する確率や発生したらどのような被害が生じえるのか等は、学術論文で他の査読者の審査をへて議論・公表すべき内容なので、本執筆での記述は差し控えたい。

 水害発生後には、消防・警察、行政、民間企業などが様々な緊急水害対応を行うのとは別に大学や学術団体も水害調査を実施する。河川災害には土木学会などが、土砂災害には地盤工学会などが調査団を結成するであろう。行われる調査は、河川管理者などの行政的な調査とは異なり、学術的な調査となることが期待される。

 まず、我々は情報収集と現地調査を並行して行う。対象は、筆者であれば、①堤防決壊、②浸水・家屋被害状況、③人的被害・避難状況などとなり、調査団各自の専門に基づいた学術調査が行われる。

 最初に、①どこの河川のどこで堤防が決壊したのか、越水が生じたのか、の場所を特定し、現場に急行することで堤防が何故どのように破堤したのかを調査する。ここでは破堤幅などを水害調査マニュアル(土木学会水害調査WG)に基づき調査することとなる。

 次に、②浸水被害が生じた場合は、広域での浸水深と氾濫流・土砂の挙動などの調査を行う。合わせて、家屋被害の状況を調査する。これにより、垂直避難では不十分で、水平避難が必要であった地域・家屋を分別する。

 最後に、③避難を実施した人、避難しなかった人に、アンケート・ヒアリング調査などを実施する。これを基に避難情報などの課題を明らかにする。この水害時の対応と平時の調査結果(呉ら,2020)を比較することで、平時の備えやリスク認識などの課題も明らかとなってくる。

 現地調査と並行して、洪水氾濫解析などが実施され、生じた洪水氾濫の再現計算が行われる。これは洪水氾濫の規模やメカニズムを定量的に評価するとともに、現地調査では確認できない事実(例えば氾濫流の流速や浸水の進行時間など)を数値計算で再現するためである。このような調査解析結果を調査団報告書としてまとめ、学会などで報告するのである。で、今次災害の課題と教訓を他の地域と共有し、次の災害に備えるための一助となることを目的としている。

 このような調査が先述したように「事例報告」で終わっており、今後の防災の役にたたないとの批判を受ける時がある。筆者としては、事例研究も極めて重要であり、調査報告しないよりは全然ましと反論したい半面、後出しジャンケンという指摘は十分に理解できる。では、水害が生じる前に、どのような事前の研究を行うべきなのか? 極めて単純で、「後出しジャンケンをしなければ良い」のである。