揺らぐサムスン共和国:業績悪化に苦しむサムスンディスプレイ

国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢

 米中貿易摩擦の長期化に伴う輸出環境の悪化、日本による輸出貿易管理強化がもたらす半導体生産への不安増大、加えて2019年8月末に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長に対して大法院が上告審破棄を決定したことによるオーナーリスクの高まりなど、サムスン電子を取り巻く環境は、まさに「視界不良」に陥っている。

 サムスン電子の主要事業である半導体、携帯電話、TVに次いで重要な液晶表示装置(以下LCD)パネル事業が曲がり角にきている。

 サムスン電子のディスプレイ(DP)事業部は収益が安定せず、また2012年4月にサムスン電子のDP事業部の一部を分離して設立したサムスンディスプレイも、スマートフォン用の小型有機発光ダイオード(OLED)が下支えしているものの、業績の急激な悪化に苦しんでいる。サムスンディスプレイの2017年売上高純利益率は、連結基準で11.1%と好調であったが、今年上半期にはマイナス0.5%の赤字に転落した(図表①)。

図表① サムスンディスプレイの経営指標 (単位:億ウォン)
資料 : サムスンディスプレイ事業報告書、連結基準

 この原因は、ここ数年、中国企業がLCDパネル工場を相次いで新増設に走り、パネル供給が需要を大きく上回り、サムスン電子がLCDパネルの低価格攻勢に晒されてきたためである。図表②に示したように、昨年8月には55インチパネルの平均価格が156ドルであったのがこの8月には106ドルと、この1年間に32%も下落している。

 しかも中国・京東方科技集団股份有限公司(以下BOE)、深圳市華星光電技術有限会社(以下CSOT)などが中国政府の支援を受けて、ガラス基板の大きい10.5世代といわれる最新鋭の液晶パネル工場の新増設を加速しているだけでなく、昨年から中国各社が6世代AMOLED(アクティブ マトリックス有機発光ダイオード)モジュール生産ラインの建設計画を相次いで発表している。

 中国のディスプレイ企業・ビジョノックス(維信諾)は、広州市に6世代AMOLEDモジュールライン建設発表(2018年10月)したのに次いで安徽省・合肥市に6世代OLEDパネル生産ラインの建設報道(2018年12月)、HKC(惠科股份有限公司)は湖南省・長沙市に8.6世代大型OLEDラインを着工(2019年9月)、中国最大手のBOEは四川省・成都市の6世代OLED生産ラインの量産体制さらに重慶市に6世代OLED工場の建設に着手(2019年9月)など、中国企業はOLEDへの巨額投資に猛進している。

 現在、サムスンディスプレイは忠南(チュンナム)、牙山(アサン)、湯井(タンジョン)の3か所でLCDを生産しており、2019年第2四半期の総生産量は633万6,000枚に達していた。しかし2019年9月、忠南、牙山工場の減産、湯井工場の一部LCD生産ラインを停止し、生産調整を続けている。サムスンディスプレイのTV用LCDパネルの占有率は低下の一途を辿っており、現在、BOE(中国)、LGディスプレイ(韓国)、群創光電(台湾)、CSOT(中国)に次ぐ第5位のシェアに甘んじている。

 サムスンディスプレイは、2万4,700人の従業員をかかえており、昨年からLCDの生産削減に伴い、5年以上勤務した従業員を対象に、随時希望退職を実施するまで追い込まれている。

 2019年8月、李在鎔副会長はサムスンディスプレイの湯井工場を訪れ、「新技術開発に拍車を加えて近づく新しい未来を先導しなければならない」と強調した。これまでLCD中心のTV・ディスプレイ市場からOLEDへの転換を加速するとの決断である。

図表② LCDパネルの価格推移
資料 : HISマーケット(2019年9月)

 この10月、サムスンディスプレイは2025年までに忠南・牙山・湯井の工場に13兆㌆(1兆1,172億円)を投資して、LCDの生産ラインを縮小し、自発光量子ドット発光ダイオード(以下QD-OLED)パネル生産への転換を発表した。QD-OLEDは2021年5月頃から試作段階に入り、2022年下半期から本格的な量産体制を始める計画である。

 当面、中国企業とのLCD市場の過当競争から採算悪化は避けられず、一方、OLEDのプレミアムTV市場では、LGディスプレイとの主導権争いが一層激しくなっており、まさに内憂外患の状態にある。

 サムスン、LGともにLCD生産による赤字から抜け出すのは容易でなく、一方でOLEDに莫大な設備投資をしなければならない。このため、LG電子はLCD生産ラインを撤収して中国BOEとの共同開発に着手し、サムスン電子も中国CSOTとの協業を検討するなど、両社とも資金リスクの軽減を図りながら、生き残りをかけた先端製品の戦略に望みを託している。