とやまの土木-過去・現在・未来(16) 富山の地すべりについて考えてみる
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科准教授 古谷 元
はじめに
読者のみなさまは、富山県が比高差4,000m、つまり海面下1,000mから標高3,000mの全国的にまれな地形条件を有するところであることをご存じかと思います。富山湾の背景に悠然とそびえる立山連峰は、大伴家持が223首の和歌を詠むのに十分すぎる借景であったかもしれませんし、雄山から眼下に拡がる富山平野と能登半島の風景は、まさしくリアルな鳥瞰図と言っても過言ではないと思います。
このように、景観環境に非常に恵まれた富山県ではありますが、土砂災害の観点から見ますと、山岳地域や丘陵地から流れてくる河川では、斜面尻(脚部)付近に扇状地を形成しているケースが多いようです。これは、土砂が河川営力によって上流部から流れて来て、平地で堆積したものであり、その多くは、斜面で発生する地すべり・斜面崩壊・土石流により供給されたものになります。
ここでは、富山県の地すべりについて俯瞰した上で、能登半島の南部(基部)の地すべりを例にして話を進めていきます。
地すべりとは
日本では、地すべりは、特定な地質で構成されるやや傾斜が緩い斜面(一般的には、数度~30度程度)で、斜面の原型を比較的保ちながらゆっくり動き、同じ箇所で繰り返して発生する現象、として認識されています。類似した現象として、がけ崩れがありますが、日本では、法令の違い等もあって別のカテゴリとされています(海外では、地すべり・斜面崩壊、および土石流を重力による一連の土砂の移動現象として扱う場合もあります)。
地すべりは、上述した移動形態を伴う現象であり、古くから私たちの生活に支障、すなわち土砂災害を生じさせてきました(反面、生活に都合が良い場合もありますが、ここでは触れません)。このような背景のもと、国土保全と民生安定を目的として1958年(昭和33年)に「地すべり等防止法」が施行されています。この法律では、地すべりが発生している区域、もしくは地すべりが発生する恐れが極めて高い区域等を地すべり防止区域として指定し、これらの区域では、開発行為等に対して制限・制約されることになっています。
富山で発生している地すべりの箇所

図1 富山県における地すべり分布箇所
(防災科学技術研究所J-SHIS Mapに加筆)
富山県の地すべり地の分布は、どのようになっているのでしょうか? 図1は、地すべりの特徴が認められる地形を空中写真で判読し、地すべりの箇所を茶色のマークで示されたものです。この図において、全てが地すべりによる土砂災害の危険性に直面しているわけではありませんが、富山県の地すべりは、氷見市をはじめとした能登半島基部や、黒部市南部から南砺市南部にかけて帯状に分布していることが分かります。
このような分布が生じることには理由があります。これらの箇所でほぼ共通することは、地すべりが新第三紀中新世~鮮新世(約2,300万年前~約260万年前)の地層で構成されている斜面で発生していることです。特に、粘土や火山性堆積物がオリジンになる泥岩や凝灰岩が存在するところが多い傾向になります。そのうち地すべり危険箇所としてあげられている個数は、2011年現在で679(表1)であり、防止区域に指定されている箇所は328(表2)になります。富山県内では、危険箇所の約半数が使用に関して制限がある防止区域になります。
最近、富山県内では、非常に大きな地すべり災害に関する報道は減ってきています(ただし、比較的小規模なものは、毎年発生しています)。しかしながら、明治時代まで歴史を遡ってみると、地すべりの範囲が1kmを超える大規模事例の記録として、1909年(明治42年)の氷見市論田・熊無地区、1917~1919年(大正6~8年)の氷見市国見地区(1988年にも発生)、1964年(昭和39年)の氷見市胡桃地区、1977年(昭和52年)の氷見市五十谷地区、1983年(昭和58年)の小矢部市内山地区等が挙げられます。
地すべりの発生機構
一般的に地すべりは、もともとの発生因子(素因)として特定の地質が挙げられ、この地質において粘土を挟んだ上位の層が動き出すとされます。これは、図1に示した県内の地すべり分布においても同様な傾向になります。
一方、地すべり発生の引き金となる因子(誘因)も関係してきます。この因子のうちで最も重要なものは、地下水の上昇(水圧の上昇)が挙げられます。大抵の地すべり地では、地下水が豊富であることが知られています。この地下水は、天水(降水・積雪)が地中に浸透して形成されると言われています。天水に関連する地すべりの発生は、斜面中で形成された地下水の水圧が上昇して斜面が不安定に(滑りやすく)なり、最後には斜面内で土塊が重力の影響に抵抗しきれなくなって破壊する(滑り出す)ことになります(例えば図2)。以上のプロセスが一般的な地すべりの発生機構になります。
したがって、大雨の時や融雪期には、地すべりの発生に関して注意を払わなくてはいけないことになります。その他の誘因として、地震が挙げられます。特に大地震の時は、土塊の移動距離が長くなり、甚大な災害になる場合があることが指摘されています。代表的な県内の事例は、1858年(安政5年)の大地震時に立山大鳶山が崩壊して堰止め湖(地すべりダム・天然ダムと呼ばれることもあります)を形成し、その後の決壊で崩壊土砂が土石流になって常願寺川を流下し、富山平野に甚大な被害を与えたことが知られています。
ケスタで発生した地すべり

図3 ケスタの模式図
(町田(1984)に加筆,原図はDavis. W. M)
氷見市周辺は、能登半島の基部に位置し、北東-南西方向に連なる宝達丘陵の稜線付近で石川県に接しています。地質は、片麻岩類や花崗岩類の上に新第三紀の泥岩・シルト岩、砂岩等が被っているとされています。地形は、宝達丘陵が「ケスタ」を呼ばれる特徴的な形状を有していることが知られています。
ケスタは、地形学事典(1981)によると”緩傾斜した硬岩層と軟岩層の互層が侵食されてできた非対称の断面形をもつ台地”になり、模式的には図3に示される形態になります。図4は、Google Earthによる能登半島基部付近(胡桃および国見地すべり地周辺)の鳥瞰図です。図中の斜面の傾斜に着目すると、胡桃および国見地すべり地を有する富山県側と羽咋市や邑知潟側の石川県側との間に違いがあります。すなわち、前者の傾斜はなだらかであり、後者のそれは急であることが分かります。

図4 能登半島基部付近(胡桃および国見地すべり地周辺)の鳥瞰図
(Google Earthに加筆)
これまでの地すべり調査等によると、地層の傾き方が地表面の傾斜によく似た角度で氷見市側に落ちていることが分かっています。これらより、図4に示した地域の周辺部は、図3に示したケスタの地形に非常によく似た構造になります。また地質構造的には、流れ盤構造と呼ばれ、弱面層に沿って比較的広範囲で斜面が壊れやすい、言い換えると、大きな地すべりが発生するポテンシャルが高いことになります。図4に示した宝達丘陵においては、富山県側で発生する地すべりの方が大きな規模になりやすい傾向になります。

図5 氷見市の地すべり発生地区の地区(胡桃,国見,および五十谷地区)
(国土地理院 電子国土Webに加筆)
ケスタを有する斜面においては、規模が大きな地すべりが発生すると、時としてその範囲が尾根を越える場合があります。その例が図5であり、氷見市の代表的な地すべり地区である胡桃地区(写真1)、国見地区(写真2)、および五十谷地区(写真3)になります。これらの地すべりは、その範囲が尾根を越えている(図中には尾根切りと表示:五十谷地区)、もしくはその可能性(胡桃地区、国見地区)があるものになります。特に胡桃地区や国見地区は、現在の地すべり頭部から尾根を越えた石川県側に凹地(窪地)が存在し、現在はため池として使用されている箇所があります。

図6 胡桃地すべり断面図
(社)日本地すべり学会 地すべり2003とやま実行委員会(2003)による)

図7 五十谷地すべり断面図
(社)日本地すべり学会 地すべり2003とやま実行委員会(2003)による)
図6は胡桃地区の断面図になります。この図からも分かるように、尾根を越えた石川県側の地形が凹地状になっています。通常、山頂付近では、火山の火口は別として水が溜まる大きな窪地の存在は考えづらいです。図中に示した凹地の存在は、非常に不思議な感じがします。しかしながら、凹地(ため池)の形状が比較的等高線に沿って直線的であること、石川県側へ流れる河川の源頭部が稜線に平行な流路形状をしていることにより、これらの地すべりやその周辺部では、かつて現在の尾根を越えた範囲で滑動、変状が生じた可能性が考えられます。五十谷地区は、もっともわかりやすい例であり、図7に示すように尾根を切った地すべりとして記録されています。
おわりに
富山の地すべりについて考えるというタイトルのもとで、富山県で発生する地すべりを俯瞰しました。その中で地すべりの危険性がある箇所が700箇所弱になり、本県は未だに土砂災害の危険性を有していることを述べました。また、能登半島基部に位置している氷見市で発生している地すべりの例を取り上げました。この例では特徴的な地形があり、地すべりに関連することを述べました。私たちは、日々何気なく暮らしています。今回の連載内容をきっかけに、皆様が地すべり等の土砂災害に関心を持っていただければ、有難いと思います。
参考文献
地形学事典(1981):二宮書店、767p.
建設省河川局砂防部傾斜地保全課(1995):日本の地すべり -Landslides in Japan-、17p.
(社)斜面防災対策技術協会北陸富山県支部(2011):北陸富山県支部の活動状況と新時代の運営、斜面防災技術、第38巻第1号、7p.
(社)日本地すべり学会 地すべり2003とやま実行委員会(2003):とやまの地すべり2003地すべりとの共生をめざして、67p.
富山県土木部砂防課(2013):涯天護 -とやまの砂防-、32p.
町田 貞(1984):組織地形、地形学、大明堂、pp.240-249.
ふるや・げん 千葉県出身。京都大学大学院理学研究科修了後、京都大学防災研究所、日本工営株式会社、新潟大学災害・復興科学研究所等を経て着任。自然災害科学、土木地質学、地盤工学、応用地球物理学等を専門とする。