揺らぐサムスン共和国: 米中貿易摩擦の狭間で揺れるサムスン電子
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
2019年6月末、大阪で開催されたG20においてドナルド・トランプアメリカ大統領と習近平中国国家主席による首脳会談で、アメリカは中国産製品約3,000億ドルに対する関税を猶予し、貿易交渉の再開に合意した。9月に発動を予定していた中国産製品約3,000億ドルにかける10%の制裁関税は、携帯電話や衣類など一部品目への関税発動を12月15日に延期した。

主要国の対G2への輸出割合と依存度(%、2018年基準)
注 : 比重は各国の米中への輸出割合、依存度は米中の各国への輸出割合
資料 : 韓国貿易協会国際貿易研究院より作成
米中貿易摩擦という無差別な報復関税の応酬が長期化する危険が高まっており、世界経済への影響が懸念されている。米中貿易摩擦が長期化すれば、韓国の貿易立国としての地位を足元から脅かす。2018年を基準として、韓国の中国と米国向け輸出比重は26.8%と12.1%を占め、米中を合わせれば韓国の輸出先の約4割に達する(図表)。
今年上半期に韓国の対米中貿易収支は182億1,000万ドルと昨年上半期の327億ドルに比べて44.3%激減し、このため貿易収支総額も195億5,000万ドルと昨年同期の310億9,000万ドルから37.1%急減した。
そもそも米中貿易摩擦は、2017年3月に中国の通信機器大手・ZTE(中興通訊)がイランと北朝鮮への輸出禁止令に違反したとの疑惑に遡り、昨年4月にZTEに対して7年間米国企業との取引を禁止した。この制裁解除のためZTEは罰金10億ドル支払い、3カ月後事業再開したものの、19年3月期決算では大幅な赤字に転落した。ZTEを前哨戦として、次に米国のやり玉に挙がっているのが、5Gなどの通信技術で世界的に優位にあった華為(ファーウェイ)である。
2019年6月、ハリー・ハリス駐韓米国大使は韓国内のIT企業を招いて「信頼できない中国・華為を選択すれば長期的なリスクと費用が大きくならざるをえなくなる」と発言し、米国の「反華為同盟」に韓国企業も参加するよう要請した。これより先に、グーグルが華為に対してアンドロイド端末向けのサービス停止に動き、インテルとクアルコムが華為に販売してきたチップと部品を中断するとの判断を下していた。
一方、中国国家発展改革委員会(中国の政策決定に最も重要な機関)等は、アメリカが華為との取引制限を韓国に要求すると、すぐサムスンなど韓国企業を呼びつけ、アメリカの対中制裁に参加すれば深刻な事態を招くと警告した。
昨年の輸出入統計によれば、韓国が華為から購入した設備は4億2,000万ドルに過ぎないが、華為が韓国から購入した部品等の金額は106億5,000万ドルと実に25倍に達する。華為との取引減少は、停滞する韓国経済・産業を直撃するのは明らかだ。
金融監督院電子公示システムによれば(2019年8月14日)、サムスン電子の今年上半期の中国市場における売上高は、17兆8,139億㌆にとどまり、昨年同期の27兆4,102億㌆より35%減と約10兆㌆も減少した。
これはサムスン電子が華為向けに輸出している半導体やディスプレイなどが、米中貿易摩擦の影響を受けたためである。サムスン電子にとって、携帯電話市場ではアップルや華為と競合関係にあるが、半導体などの重要な輸出先でもある。
サムスン電子は、半導体や電装など対中投資に本腰を入れた矢先の米中貿易摩擦であることも、今年後半からの影響が懸念されている。サムスン電子の半導体の拡張計画は、中国・西安でNANDフラッシュ第2工場に7兆9,000億㌆を投資し、来年竣工する見通しである。
サムスン電子が次世代事業として力を入れている電装分野においても、80億ドルで米国・ハーマンを買収し(2017年3月)、その後、中国・蘇州の工場拡張を決定し、R&Dセンター4カ所(上海、深圳、成都、蘇州)の設置、職員数も約4,000人を抱えるまでに体制を整えたところである。
当初、米国による華為への制裁はサムスン電子に漁夫の利をもたらすとの見方もあった。これはあくまで短期的な観測に基づくものであり、米中双方が妥協せず貿易摩擦が長期化するならば、貿易立国の韓国としては、深刻な影響を避けられない。
今後、サムスン電子が中国の生産拠点を拡大しようとすれば米国の圧力で動きが取れず、反対に米国市場を重視するとの判断から生産拠点を中国からベトナムなどに移そうとすれば、中国政府から工場の資産凍結などの横やりが入ることも最悪想定される。
米中貿易摩擦が長期化し世界経済の不確実性が高まる中、サムスン電子は、米中貿易への高い依存度が経営の不確実性を一層強めているとの認識から、リスク管理を徹底している。
半導体DRAM・NANDフラッシュ価格の下落、サムスンバイオロジクスの粉飾決裁の疑惑による検察調査、加えて日本による半導体素材輸出管理の強化など悪材料が重なり、サムスン電子は、経営の安定化と未来技術確保のための戦略投資にもはや時間的な余裕はない。