とやまの土木 過去・現在・未来(12) 富山の海と未来の建設技術
富山県立大学工学部環境・社会基盤工学科教授 畠 俊郎
我々にとって身近な存在であるとともに、豊かな恵みをもたらしてくれる富山の海ですが、その中に生息している目に見えない「微生物」を建設技術に応用する試みが進められていることをご存知でしょうか?
ここでは、富山の海を対象に海洋調査船を用いて実施している海水・底泥のサンプリング方法や、採取した微生物を対象として分子生物学的手法を用いてその能力を明らかにすることを目的とした遺伝子解析手法の概要をご紹介するとともに、将来的な適用先として想定している海底地盤の液状化抑制や、次世代のエネルギー資源として注目されているメタンハイドレートからのメタンガス生成時の課題とされている出砂や海底地盤沈下対策にこれら富山の微生物を応用する技術開発の現状をご紹介します。
1.富山湾の特徴
富山湾は西から南を能登半島と富山平野に囲まれるとともに、北から東を日本海に大きく開いていることを特徴とする閉鎖性湾です。この富山湾の水塊構造を図-1に示します。ここで記した「水塊」とは、海水温、塩分等の特性が一様な海水の塊という意味です。

図-1 富山湾の水塊構造
図に示した通り、富山湾は大きく3層の水塊構造で構成されています。表層部は河川水等の陸水の影響を受けた塩分の低い沿岸表層水で構成されています。その下には、太平洋を南から日本列島に向かって北上して流れる黒潮が九州南方で分岐し対馬暖流として流れ込んだ水塊が形成されます。この対馬暖流水による水温・塩分の季節変動影響は表層から水深約200~300mに達します。さらに下層となる水深300m以深の海域は富山湾固有水と呼ばれる低温の水塊を形成しています。
このような特徴を持つことから「天然のいけす」と呼ばれる富山湾の中に住む微生物がどのような分布をしているのか、そして建設分野に応用可能な「能力」を持っているのかについて我々が専門とする建設工学と、海洋物理学、水産学と連携しながら取り組んでいる技術開発の内容について説明していきます。
2.富山湾の海洋表層・深層水を対象とした微生物調査の概要

図-2 富山湾内における海水採水地点(google mapに著者らが加筆)
ご存知の通り、微生物を肉眼で確認することはできません。しかも、微生物が持つ能力を形状(桿菌、球菌等)だけで予測することも困難です。そのため、現在ではこれら微生物固有の情報である遺伝子に着目して地点、深度ごとにどのような種類の微生物が生育し、どのような能力が期待できるかを明らかにする方法が用いられています。
この、富山湾内の海水中に生息している微生物の比較を目的として、2018年5月に表層・深層水のサンプリングを行いました。調査地点を図-2に、深層水のサンプリングに用いた採水装置を図-3にそれぞれ示します。なお、調査は2018年5月に長崎大学水産学部附属練習船長崎丸第4次航海にあわせて実施させていただきました。

図-3 調査に用いた採水装置(写真中のプラスチックボトルの上下が所定の深度で閉まることにより任意の水深での採水を行う)
海洋調査で乗下船可能となるのが寄港地のみとなるため、この調査では新湊で乗船後に富山湾内での調査を経て長崎までの船旅となりました。富山湾を出て日本海に入ると波も高く船も揺れてきますので富山湾のありがたさを自ら体験することができます。
ただ、航海中は船旅を楽しむというわけにはいかず、船上で採取した海水を微生物を含む懸濁物質すべてをろ過できる0.45μmのろ紙でろ過したり、ろ液を対象としてpHやEC等海水の基本的物性を測定したりする必要があります。
海が穏やかであれば問題ないのですが、海が荒れている状態での船内作業は船酔いとの戦いとなります。
なお、本技術開発で注目している微生物の解析はろ紙を研究室に持ち帰り、後述する遺伝子工学的手法による解析を行う必要があります。近年では、遺伝子解析を含むこれら分子生物学的手法に用いる分析装置の小型化が進んでおり、近い将来には航海中に採取した海水由来の微生物を船内で数時間のうちに解析可能になりそうです。
3.遺伝子工学的手法による富山湾 表層・深層水中に生息する微生物の比較
前述したとおり、微生物の多様性や能力を「見た目」で判断することは困難です。そのため、分子生物学的手法を用いた解析が必要となります。建設分野と分子生物学に関連があることに驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、衛生工学分野をはじめ地盤工学分野でも遺伝子情報に着目した解析が進められています。
今回用いた手法はPCR-DGGE法と呼ばれる解析手法で、対象物中に生息している多種・多様な微生物をバーコード状に表現することで地点ごとの比較や主要な微生物に関する基本的な情報を可視化できるという特徴があります。詳しい解析手法の説明は専門書にゆだねるとして、ここでは富山湾の海水中に生息している微生物を「目視」で比較できるようにした解析結果を図-4に示して考察します。

図-4 富山湾の表層・深層水に生息している微生物の比較結果
図の左側には地点1~3(新湊から珠洲にかけて)の表層水中に生息している微生物の比較結果を示しています。地点1から3に向かうにつれてバーコードの色が薄く、また数も少なくなっていることより湾奥エリアで微生物が多く、湾出口に向かって少なくなっていく傾向が明らかとなりました。
次に、地点3において表層から深層にかけての分布を比較した結果について考察します。表層部では色が薄く数も少なかったバーコードが水深40m付近で濃く、かつ数も増えていることがわかります。この原因としては近隣の流入河川水による影響などが考えられますが、詳細についてはこのバーコード一つ一つを対象とした詳細な解析を行って微生物を特定し、どのような環境で生息可能か微生物であるかを確認する必要があります。
水深40mから200mにかけては徐々に微生物数、微生物種ともに減少する傾向が確認され、水深200m以深ではほとんど検出されなくなりました。このことは、海洋深層水中に生息している微生物は種類・量ともに表層水と比べて少ないことを表しています。
このような調査を行いながら、次回説明する建設分野に応用可能な微生物の探索を進めていきます。
参考文献
- •千葉 元, 浜田 健史, 道田 豊, 橋本 心太郎, 船舶搭載型CTD・ADCPによる富山湾の海洋環境調査, 日本航海学会論文集, Vol.132 pp. 86-96, 2015.
- •畠俊郎、筒井英人、米田純、山本晃司:分子生物学・地盤工学の連携による海洋分野を対象とした新規技術開発,地盤工学会誌、Vol.67-3(734).pp.16-19,2019.
はた・としろう 広島県出身。信州大学工学部卒業後、株式会社フジタ、長野工業高等専門学校を経て着任。地盤環境工学、応用微生物学などを専門とする。