揺らぐサムスン共和国:サムスングループ総帥に2年目の試練
国士舘大学経営学部客員教授 石田 賢
李在鎔(イ・ジェヨン)副会長は、公正取引委員会からサムスングループの総帥と指定されてから2年目に入る。李副会長は昨年2月の経営復帰後、新規事業の発掘に奔走する一方で、朴槿恵(パク・クネ)前大統領と崔順実(チェ・スンシル)側に賄賂を贈った疑惑により、大法院の結審がこの6月との報道もあり、今年に入ってからは表立って活動できない微妙な立場にある。
釈放後1年数カ月の活動を整理すると、李副会長は海外企業との情報交換で新規事業の方向性の確認とグローバル企業との幅広い人脈の再構築に尽力しており、13回の海外出張(欧州、インド、日本にそれぞれ3回、中国とアラブ首長国連邦UAEに2回、その他は1回)をこなし、次世代事業の発掘に多くの時間を割いている(図表)。
現在、メモリー半導体の需要減少と価格下落のダブルパンチを受け、さらに携帯電話の需要が頭打ちの状態にある中、両製品ともに中国企業の追撃が激しく、サムスン電子は広告宣伝費や人件費などの経費を削減する一方で、多品種少量生産の非メモリー半導体の市場拡大に活路を求めている。
2019年4月「半導体ビジョン2030」を発表し、2030年まで非メモリーシステム半導体分野に133兆ウォンを投資することを明らかにした。非メモリー半導体市場はメモリー半導体よりも規模が大きいうえ、高い収益性が見込まれている。ただし、サムスン電子が武器としてきたのはメモリー半導体の大量生産によるシェア拡大と価格競争力にあるのに対し、非メモリー半導体の分野は、個別の顧客ニーズに対する柔軟な設計能力と創造性が求められる世界である。
非メモリー半導体同様、サムスン電子が次世代事業として期待しているのは、AI(人工知能)分野である。
サムスン電子はまず韓国AI総括センターを立ち上げ、昨年10月にカナダのモントリオールにAI研究センターを新設したことで、アメリカ・シリコンバレー、英国・ケンブリッジ、カナダ・トロント、ロシア・モスクワ、アメリカ・ニューヨークと矢継ぎ早に7つの研究拠点を持つに至った。これにはAI事業で先行するグーグル、アップル、アマゾンなどの世界企業との出遅れを取り戻す狙いがある。
7カ所のAI研究センターは、サムスン電子の先行研究組織サムスンリサーチを総括部門とし、2020年までに計1,000人のAI専門家を結集し、韓国内に600人、海外拠点に400人の研究者を配置する計画である。
AI分野の高度な人材をヘッドハンティングしていることが最近目立つ。昨年は、脳神経工学のAI専門家であるセバスチャン・スン氏(米・プリンストン大学教授)をカナダ・モントリオールのAI研究センターに、ダニエル・リー氏(米・コーネル大学教授)を米国・ニューヨークのAI研究センターに招聘し、今年に入ってからも、ハーバード大学ウィ・グヨン教授(フェロー:研究分野の最高職で招聘)、アマゾンのチャン・ウスン博士(ビッグデータ専門家)、5月にはMila研究所所属サイモン・ラコステ・ジュリアン(モントリオール大教授)をモントリオールAIラボ長に選任するなど、アップル、フォルクスワーゲン、アウディなどに勤務していたハーバード大学出身者とグローバル企業に勤めていた韓国系2世を招き入れている。
だがAI分野で具体的な成果が出てくるまでには相当な時間を要する。サムスン電子が直面している現状は、DRAMとNANDフラッシュ価格が急落していることである。今年に入ってからも2桁のマイナスが続いている。調査機関DRAMエクスチェンジによれば、当初半導体価格は20~30%の下落と見ていたが、今年3月時点では50%以上の下落が見込まれるとの超悲観論に転じている。
6月に李在鎔副会長は大法院の結審を控え、一方では新規事業の不確実性が高まる中、李副会長への心理的な圧迫は強まっている。買収合併(M&A)が特効薬となろうが、電装部品会社ハーマンを2017年に80億ドルで買収したものの、2年経ってもシナジー効果は十分に発揮されていない。大型M&Aは既存の組織に融合していくまでに時間がかかる。
李在鎔副会長が提示した非メモリー半導体やAI事業に、収益面の即効性は期待できず、サムスン電子が新規事業を発掘するまで、イバラの道は暫く続くとみられる。しかも韓国政府のサムスン財閥に対する期待(特に雇用など)が大きく、それにも応えていかなければならない。サムスン電子は政府からの要請を果たすと同時に、次世代事業を早急に発掘しなければならず、時間との勝負となっている。